ギリシャでは1969年の立法政令(Ν.Δ.243/1969「ブドウ栽培生産の改善および保護について」)を皮切りに、1970年から1972年にかけて複数の王令(Βασιλικά Διατάγματα)でワインの原産地呼称産地が個別に認定され、原産地保証制度が整備されました。
この制度設計にあたっては、フランスのAOC(Appellation d’Origine Contrôlée)制度が主要なモデルとされ、フランスおよび他の欧州諸国の基準に類似した技術的要件が採用されています。例えば、ブドウ品種の適性や歴史的実績、土壌や標高、収量制限、醸造方法(樽熟成の有無など)といった要素を総合的に考慮し、フランスにならった厳格な品質基準で産地と製品を規定しました。
制度導入当初の名称は、上質ワインを対象とするOPAP(Ονομασία Προέλευσης Ανωτέρας Ποιότητας, 上質原産地呼称ワイン)および、甘口ワインを対象とするOPE(Ονομασία Προέλευσης Ελεγχόμενη, 統制原産地呼称ワイン)でしたが、これらは後にEUの品質分類に沿ってPDO/PGIへと再編されています。
フランスの制度が選ばれた主な理由として、当時フランスのAOC制度が世界で最も洗練され権威ある原産地呼称システムだったことが挙げられます。フランスでは1930年代にAOC制度が確立されて以来、ワインの品質保証と地域ブランド保護で大きな成果を上げており、ギリシャもそれに倣うことで自国ワインの国際的評価を高めようとしたのです。
また、この制度設計を主導したのはギリシャ農業省傘下のワイン研究所で、その所長を務めたスタヴルーラ・クーラクー=ドラゴナ氏は、フランスで醸造学を修めた経歴を持ち、フランスの原産地呼称思想に精通した人物でした。
彼女は1964年に所長に就任以来、「フランスのAOCワインのように特定産地の名称を法的に保護する制度」をギリシャに導入することを提唱し、各地の伝統的なブドウ品種やワイン産地の歴史資料を収集する全国調査プロジェクトを指揮しました。
その成果として、かつて高品質で知られた土地で忘れ去られていた土着品種の復活や、フィロキセラ禍や戦乱で荒廃していた優良産地の再興が図られ、1972年までに計24ヶ所の地域が原産地呼称ワインに認定されました。
クーラクー=ドラゴナ氏自身がフランスやイタリアから勲章を授与され、1979年には国際ブドウ・ワイン機構(OIV)の初の女性会長に選出されるなど、各国と連携してギリシャワインの地位向上に尽力した経緯も、フランス型の制度を採用する後押しとなったといえます。
さらに、政治的・外交的背景として重要なのは、ギリシャの欧州経済共同体(EEC)加盟を見据えた動きです。1970年代当時、ギリシャは将来的なEEC加盟(最終的に1981年加盟)を目標として西欧諸国との経済協調を図っており、ワイン法制も共同体基準に沿う形で整備されました。
実際、1971年から本格化した原産地呼称産地の認定は、フランスやイタリアなど「欧州の偉大なワイン体制を模倣したもの」であり、EEC加盟準備の一環でもあったとされています。当時イタリアやスペインにもそれぞれDOCやDO制度が存在しましたが、ギリシャはフランスの例にならい、品質管理の厳格な枠組みを導入することで、将来の共同市場におけるギリシャワインの競争力確保と名称保護を図ったのです。
要するに、フランスAOC型の制度採用は、国内有識者の提唱と欧州との外交的連携の双方によって支えられたものでした。
ギリシャ原産地呼称制度の導入初期に設定されたOPE(統制原産地呼称ワイン)カテゴリーには、合計8つのワインが指定されましたが、そのすべてが甘口ワインであった背景には、歴史的・地理的・経済的な要因が複合的に存在します。
まず歴史的には、ギリシャが伝統的に生産・輸出してきた銘醸ワインの多くが甘口ワインでした。古代から中世にかけて地中海世界で高い評価を得たギリシャワイン(例:モネンヴァシアのマルヴァジア酒など)はしばしば糖度の高い甘口ワインであり、その系譜は近代まで途絶えていません。
19世紀以降に国際市場で名を馳せたギリシャ産ワインも、例えばサモス島のモスカト甘口ワインやパトラス産マヴロダフネのように、甘口のデザートワインが中心でした。
サモスの甘口モスカトはフランスをはじめ西欧への輸出用ミサ用酒・デザートワインとして重宝され、1934年に25の地域協同組合の連合として設立されたサモス葡萄酒生産協同組合連合(Ένωση Οινοποιητικών Συνεταιρισμών Σάμου, EOSS)が島内の栽培農家を束ねて品質管理を行ってきた経緯があります。
また、マヴロダフネ・オブ・パトラスは19世紀中頃にドイツ人グスタフ・クラウスによって開発された強化ワインで、欧州市場で高い評価を得て、ギリシャを代表する甘口酒となりました。
こうした国際的評価の高い伝統的ワインこそ、原産地呼称による保護に値すると考えられたのです。実際、原産地呼称認定にあたっては歴史的なワイン産地であることが重視され、「歴史的に重要な地域」がまず優先的に指定されました。
サモスやパトラス、リムノス、ロドスといった甘口ワイン産地は、まさにその条件を満たしており、古くからの名声と実績に裏付けられた産地として真っ先に認定されたのです。
地理的要因としては、ギリシャの多くの伝統的銘醸地が属するエーゲ海やイオニア海の島嶼部・西部沿岸地域の気候が甘口ワイン造りに適していたことが挙げられます。
これら地域は夏季の日照が強く乾燥した地中海性気候で、ブドウを樹上や天日で完熟・乾燥させ、高糖度の果粒を得るのに理想的な環境でした。例えばサモス島やリムノス島、ロドス島ではモスカト種ブドウを乾燥させて造る濃厚な甘口ワインが古くから作られており、その品質は広く知られていました。
一方、19世紀までオスマン帝国支配下にあったギリシャ本土では、イスラム教統治によるワイン生産への制限や重税の影響で辛口テーブルワインの産業発展が遅れ、多くの内陸部のブドウ畑は衰退していました。
20世紀前半までギリシャで一貫して市場価値の高いワインを産していたのは、気候的優位性と伝統製法を活かした一部地域の甘口デザートワインだったのです。原産地呼称制度導入時に甘口ワイン産地が重視されたのは、このような地理・気候的優位と伝統の積み重ねがあったためといえます。
さらに経済的側面では、甘口ワインが当時のギリシャにおける重要な輸出品・収益源であったことが挙げられます。
19世紀以降、ギリシャ農業の最大輸出品はコリントス乾葡萄(カランティーナ)でしたが、その醸造用ブドウ版ともいえる甘口ワインもまた外貨獲得に寄与していました。
特にサモスのモスカトはフランスの酒精強化ワイン市場で高い需要があり、またマヴロダフネもイギリスや北欧でポートやシェリーの代替的なデザート酒として親しまれました。
こうした国際市場で確立されたブランドを保護し、品質維持することはギリシャ経済にとっても重要でした。原産地呼称(OPE)の“統制”という名が示す通り、これら甘口銘柄については産地・品種・醸造法を国家が厳格に統制することでブランド価値を守ろうとしたのです。
その象徴として、OPEワインのボトルには青色の帯紙(シール)が巻かれ、統制原産地ワインであることが明示されました(対してOPAPワインには赤色の帯紙が使用されました)。これは消費者にとって品質保証の目印であると同時に、模倣品や混造品の排除を図る経済的施策でもありました。
以上のように、ギリシャ原産地呼称制度の初期段階において甘口ワイン産地がOPE(青帯)に集中したのは、歴史的伝統・地理的適性・経済的重要性を備えた銘醸ワインが甘口に偏っていたためです。
OPAP は Ονομασία Προέλευσης Ανωτέρας Ποιότητας の頭文字 ΟΠΑΠ のラテン文字表記で、OPE も同じく ΟΠΕ のラテン文字表記です。
ΟΠΑΠ (Ονομασία Προέλευσης Ανωτέρας Ποιότητας) をフランス語にすると Appellation d'Origine de Qualité Supérieure になり、ΟΠΕ (Ονομασία Προέλευσης Ελεγχόμενη) は Appellation d'Origine Contrôlée になります。