ワインエキスパートに教わるワイン入門
ぶどう栽培の歴史と拡大
ぶどうが栽培されるようになり、各地に広がっていった過程を教えてください。
概要
起源と「二元栽培化」
- 低温期の氷期終末に野生 Vitis vinifera 集団が東西に分断→各地で人為的選抜が始まり,コーカサス起源のワイン用品種/西アジア起源の食用品種が併存したと解釈される。
- 紀元前6000年台のジョージア遺跡では、後のクヴェヴリに類似する大型の粘土製壺の内側から酒石酸などが検出されており、壺を用いた発酵と貯蔵が行われていたと考えられる。ブドウ栽培が既に始まっていた可能性は高いが、剪定方法など具体的な栽培技術については考古学資料だけからは断定できない。
ネオリシック農耕民とともに西進(紀元前7,000〜4,000年ごろ)
- 西アジア系統の挿し木がアナトリア〜バルカン経路を経由し,新石器農耕文化(例:LBK文化)の集落でブドウ種子が検出される。食用利用が主だが,発酵残渣や圧搾痕も散発的に出土。
- この段階では野生株との交雑が頻繁で,種子形態は「野生型と栽培型の中間」が大半を占める。
青銅器時代の技術革新と地域的定着
- イタリア・ギリシアの水没種子解析では,紀元前1,300〜1,100年頃に栽培型が多数派へ転換し,圧搾施設・陶製酒器が急増する。
- ギリシア本土・エーゲ海では同時期に剪定刀・酒神祭祀が普及し,ブドウが宗教的・交易的資源へ。
フェニキア人・ギリシア植民市による地中海伝播(紀元前1,000〜500年ごろ)
ローマ帝国による大規模拡張(紀元前1世紀〜西暦4世紀ごろ)
ローマ後〜中世:修道院ネットワークと北方進出(西暦5〜15世紀ごろ)
- キリスト教の聖餐需要により,ベネディクト会・シトー会など修道院が気候限界域(ライン・モーゼル・ブルゴーニュ)へ垣根仕立てと区画管理を導入,品種の選抜・記録も体系化。
- 7〜10世紀にはカロリング朝の立法・修道院間の苗木交換で中部ヨーロッパ一帯に栽培地が定着し,のちの主要産地の骨格を形成。
まとめ
- ブドウ栽培は二元起源+長期的な交雑という複雑な過程で成立し,ネオリシック以来の移民・交易ルートが基盤を築いた。
- ローマ帝国は既存ネットワークを産業規模へ拡張し,修道院が技術と遺伝資源を中世以降へ継承した。
- したがって「ローマがすべてを始めた」のではなく,「ローマは既に根付いていた栽培・醸造を加速的に拡大した」と位置付ける見方が、近年の研究で有力になっている。
「西アジア(小アジア〜レヴァント)」と「南コーカサス」は現在の国で言えばどこになりますか?
ぶどう栽培が広がっていった国を西アジアから時系列で並べることはできますか。
起源地域を現在の国名で示すと
| 歴史地理用語 |
現在の国・地域 |
補足 |
| 小アジア(アナトリア) |
トルコ |
南東部(ディヤルバクル県周辺)が初期栽培のコアとされる |
| レヴァント |
イスラエル、パレスチナ、レバノン、ヨルダン、シリア |
遺伝的には「西アジア系」食用品種の故郷とされる |
| 南コーカサス |
ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャン |
ワイン用品種の起源とするモデルが有力 |
南東アナトリア vs. レヴァント ─ どちらが先か?
- ゲノム研究(Science, 2023)は「約11,000年前に西アジア(南東アナトリア〜北レヴァント)で食用品種、南コーカサスでワイン用品種がほぼ同時に栽培化」と結論付ける。
- レヴァント最古級の遺跡(エリコ=Jericho)では前9,000年頃の野生ブドウ利用が指摘され、南東アナトリア(Çayönü ほか)でも前8,000年頃のブドウ種子が出土している。ただし、これらはいずれも形態的には野生型と解釈されることが多く、栽培化を示す決定的な種子形態は青銅器時代以降(例:前3千年紀のエリコ、前2千年紀末〜1千年紀初頭のサルデーニャ・Sa Osa など)に現れるとする見解が主流である。
- したがって「レヴァント→トルコへ波及」という一方向モデルよりも、両地域が同一文化圏内で並行して管理・選抜を始めたとみなすモデルが、現時点では有力な仮説とされている。
西アジアからの拡散タイムライン(最古の“栽培・醸造”証拠が出た国を年代順に列挙)
| 年代(BCE) |
現在の国 |
主要遺跡・証拠 |
コメント |
| 約8,000 |
トルコ |
Çayönü・Nevali Çori:野生ブドウ種子の出土(野生利用段階と解釈されることが多い) |
野生ブドウ利用の早期例 |
| 6,000 |
ジョージア |
シュラヴェリ=グラチェンリ:大型壺内の酒石酸残留物=最古級のワイン痕跡 |
ネオリシック期におけるワインづくりの成立 |
| 5,400–5,000 |
イラン |
ハッジ・フィルーズ・テペ:9 L壺の酒石酸+樹脂 |
保存用に松脂を添加 |
| 4,500–4,000 |
ギリシア |
ディキリ・タシュ:圧搾粕と発酵容器4500 BC - The First Evidence of Vinification - Wines of Greece |
エーゲ海最古の醸造施設 |
| 4,100 |
アルメニア |
アレニ-1洞窟:踏み桶・発酵槽・種子完備の「世界最古のワイナリー」 |
技術的に高度 |
| 4,000 |
イタリア(シチリア) |
モンテ・クロニオ洞窟:壺底残渣がワイン由来 |
西地中海への最古例 |
| 3,500–3,000 |
キプロス |
エリミ村の壺18点中12点に酒石酸(伊研究)Cyprus 'first to make wine' - Decanter |
地中海島嶼へ伝播 |
| 900–770 |
スペイン(ウエルバ周辺) |
フェニキア・ギリシア・キプロス・サルデーニャ系のアンフォラが集中出土=ワイン輸入と初期栽培の導入期と解釈される |
イベリア半島最古級の栽培・醸造痕跡 |
| 600 |
フランス(プロヴァンス) |
マッサリア(マルセイユ):ギリシア人が葡萄園造成 |
ガリア南部起点 |
| 1世紀以降 |
ドイツ・英国ほか |
ローマ軍駐屯地跡の圧搾所・アンフォラ群(ライン川上流など) |
帝国の北方拡大 |
※年代は、栽培化または醸造に関わる物証が得られた最古級の事例を中心に採用し、一部に野生利用のみだが栽培化の前提となる重要例(前8,000年頃の Çayönü など)を参考として含めた。前9,000年頃のエリコのように野生利用だけが確認されている例は本文で言及するに留めた。
ポイントまとめ
- 南東アナトリアと北レヴァントは一体となった“西アジア栽培化コア”であり、片方向の伝播というより並行的な栽培開始と見るべき。
- 南コーカサスではワイン用品種が特化し、ここから醸造技術が急速に発展。
- その後は交易民(フェニキア人・ギリシア人)→ローマ帝国→中世修道院と担い手が替わりながら、欧州全域へ段階的に広がった。
南コーカサスで生まれたワイン用品種はあまり広がっていないことを考えると、「南コーカサスの醸造技術」だけが各地に広がることはなく、他の地域の醸造技術の発展には関与していないと思います。
南コーカサス品種はなぜ域外で主流にならなかったか
- 在来品種の集中
- ジョージアには500種超の固有品種が残るが、国際的に流通するのはサペラヴィ、ルカツィテリなど数品種のみ。隔離地形とソ連期の統制経済が国外拡散を抑えた。
- 遺伝的連関は薄い
醸造技術が「輸出」されなかった理由
- 容器様式の地域依存
- クヴェヴリ(地中埋設卵形甕)はジョージア固有で、歴史的に他地域へ普及した形跡が乏しい。
- 地中海では上部に把手を持つ輸送用アンフォラ、イラン高原では松脂入り壺酒など、用途・形状がまったく異なる陶器体系が並行発達。
- 交易は“完成品”中心
- 青銅器時代にはアルメニア高地産のワインがメソポタミアへ大量に輸出されていたと考えられているが、考古学的に確認できるのは完成したワインを収めた容器であり、苗木や醸造設備が体系的に移植されたことを示す直接証拠はほとんどない。
- 後続技術の独立進化
- エーゲ海では前4000年紀後半に圧搾槽と貯蔵アンフォラが自律的に普及。
- 古代ローマは木製プレス・樽・標準化アンフォラを発達させ、地中海の醸造規範を塗り替えた。
→コーカサス型の発酵容器や醸造手順が直接取り込まれた痕跡は考古学的に確認されていない。
影響の整理(要点)
| 項目 |
南コーカサスの実態 |
他地域への波及 |
評価 |
| 主要品種 |
500+固有、国内消費中心 |
サペラヴィなど少数のみ拡散 |
影響は限定的 |
| 発酵容器 |
地中埋設クヴェヴリ |
地中海では採用例なし |
局地的伝統 |
| 交易形態 |
完成酒の輸出(アルメニア→メソポタミア) |
苗木・技術の明確な移植証拠なし |
技術伝播は不確実 |
| 遺伝子痕跡 |
西欧品種と遠縁関係 |
直接親子関係は希薄 |
品種貢献も小規模 |
結論
- 南コーカサスは“最古のワイン文化圏”であるものの、そこで生まれた具体的な品種・器具・製法は地中海世界や西欧の醸造技術の主流を形成していない。
- 影響は象徴的・文化史的意義と、完成酒の交易に留まり、技術革新の中心はレヴァント〜アナトリア、その後はギリシア・ローマで独自に発展したとみなす見解が、現在もっとも有力とされている。
関連ページ
- posted : 2025-07-03, update : 2025-11-23
- Author : katabami (Editor) / ChatGPT (Writing Assistant)
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