ワインエキスパートに教わるワイン入門

ヴィティス・ヴィニフェラ

氷河期に南下していたヴィティス・ヴィニフェラはどこで生き延び、気候の温暖化でどのように広がっていったのでしょうか?

1. 氷期最盛期の状況

2. 生存した主なレフュジア(氷期避難所)

レフュジア 考古・古生態証拠 現生集団の遺伝的痕跡 役割
イベリア南部・西部沿岸 完新世初頭まで連続する花粉/種子層 葉緑体DNAクロロタイプAなど西地中海系統が高頻度 西ヨーロッパ再拡散の出発点
イタリア半島(ティレニア〜アドリア沿岸) マクロレマン群・炭化材 中部〜北イタリア野生群に固有対立遺伝子 北・中欧への「イタリア回廊」形成
バルカン半島(ダルマチア・ギリシャ) 湖成堆積物中の持続的花粉 バルカン独自のハプロタイプクラス ドナウ・カルパチア盆地への拡散源
コーカサス〜黒海南岸 更新世後期〜完新世にかけて連続する木質遺骸・花粉記録 高多様性・原始的ハプロタイプ 東欧・中東双方への供給基地
レバント〜ザグロス 旧石器〜中石器遺跡のVitis種子と、新石器時代の容器から検出される酒石酸残渣 近縁育種系統が集中 後の栽培化(西アジア)と交差

3. 完新世温暖化後の再拡散ルート(約1.1万年前以降)

4. 遺伝子多様性が語る拡散の痕跡

5. まとめ

氷河期と氷期は違うのですか。また、「ハプロタイプ」とは何ですか?

はい、「氷河期」と「氷期」は意味が異なります。また、「ハプロタイプ」という用語は遺伝学で重要な概念です。以下に整理して説明します。

氷河期と氷期の違い

用語 説明 代表的な時期
氷河期(Glacial age / Ice age) 地球規模で極地や高緯度に氷床が存在する時代全体のこと。温暖期(間氷期)を含む長い地質時代。 約260万年前〜現在(第四紀)
※現在も「氷河期」に含まれる
氷期(Glacial) 氷河期の中で、寒冷で氷床が拡大した時期。 最終氷期:約11万7000年前〜約1万1700年前(=完新世の直前)

ハプロタイプ(Haplotype)とは

用語 説明
ハプロタイプ(haplotype) 遺伝子やDNAの中で、特定の領域において一緒に受け継がれる一群の遺伝的変異(アレル)の組合せ。核ゲノムでもミトコンドリアDNAやクロロプラストDNA(母系遺伝)でも用いられる用語で、ブドウの系統地理ではとくに葉緑体DNAのハプロタイプ(クロロタイプ)がよく使われる。

例:

あるブドウ個体の葉緑体DNAに以下の3か所の変異があったとします:

位置 塩基配列
101番目 A → G
205番目 C → T
330番目 G → A

この変異の組み合わせが特定の系統と一致すれば、それが「ハプロタイプ X」とされ、分類・系統樹解析に使われます。

過去のぶどうの分布は種子だけでなく、花粉からも分かるのですね。
野生ブドウと栽培ブドウは種子の形状で区別できるようですが、花粉からも分かるのでしょうか?

ブドウの花の性型(雌雄異株と両性花)

ここまでで「ハプロタイプ」を整理しました。ご指摘のとおり、過去の分布を花粉から考えるなら、その前提として、ブドウの花の性型を押さえておく必要があります。花粉の性質(量や形、稔性の有無など)は、この性型の違いを強く反映するからです。

野生のブドウ(Vitis vinifera subsp. sylvestris)は基本的に雌雄異株で、雌株は雌性花(機能的雌花)、雄株は雄花をつけます。雌性花にも雄しべはありますが、多くの場合うまく機能せず、花粉は不稔(または極めて低稔性)です。そのため、雌株が結実するには近くに雄株があり、花粉を受け取れることが必要です。

一方、栽培化の過程では、栽培上の都合から「1本でも安定して実がなる」個体が選ばれ、雄しべと雌しべを同時にもつ両性花の個体が広がりました。両性花は自家受粉しやすく、受粉相手がいなくても結実しやすいため、畑で扱いやすいからです。

ただし栽培ブドウでも、少数ですが雌性花(機能的雌花)を示し、花粉が不稔で自家受粉できない品種があります。こうした品種は結実のために、近くに別品種などの花粉源を必要とします。

花粉分析で古環境を読む意義

種子と花粉―識別指標の違い

指標 種子 花粉
主要形態差 野生: 球状で嘴短い
栽培: 梨形で嘴発達
性型による dimorphism が主体
判別精度 光学顕微鏡で高い 性型は区別可、野生vs栽培は困難
考古利用 分布域・栽培化時期の推定 分布域・花型組成の推定

ブドウ花粉の基本形態と性型

花型 花粉タイプ 開口部 粒径目安 稔性
野生 subsp. sylvestris ♂ trizonocolporate 3 25–30 µm 可稔
野生 subsp. sylvestris ♀ inaperturate 0 15–20 µm 不稔
栽培 subsp. vinifera 両性 trizonocolporate 3 25–30 µm 可稔
栽培 雌系統(少数) inaperturate 0 17–25 µm 不稔

花粉形態から分かる/分からないこと

まとめ

ヴィティス・ヴィニフェラが好む環境は?

ヴィティス・ヴィニフェラが好む環境(基本)

氷期後の再拡散と立地傾向

後氷期(約12,000年前以降)の気候温暖化により、南ヨーロッパのレフュジア(避難地)からヴィニフェラは再拡散しましたが、河畔の砂礫混じりで通気性が良く、ときに冠水する氾濫原が好適環境の一つであり、そうした場所を中心に再定着が進んだと考えられます。

フィロキセラによって野生ブドウの自生地はかなり減ったと思いますが、フィロキセラはどのように広がり野生ブドウを枯らしていったのでしょうか?

フィロキセラとは

欧州への侵入と拡散経路(概要)

年代 主な出来事
1850年代 ビクトリア朝の植物収集家が北米苗木を英国へ導入
1863年 仏ローヌ南部で初の大規模被害確認
1860–1900年 欧州ブドウ園の2/3〜9/10が壊滅
20世紀以降 世界のワイン産地へ拡散

拡散メカニズム

野生ブドウへ広がった理由

  1. 立地の近接
    • sylvestris は河畔林に多く、19世紀のブドウ園開墾と流通網整備で栽培地と隣接。
  2. 無防備な根系
    • 接ぎ木が施されないため根部が直撃を受け、数年で衰退・枯死。
  3. 連鎖的拡散
    • 感染園→河川沿いの自生木→上流・支流へと拡散。

フィロキセラによる野生ヴィティス・ヴィニフェラの枯死・生残に関する土壌・環境条件の比較表

土壌・立地条件 フィロキセラの繁殖性 野生ブドウへの影響 生残・枯死の傾向 典型例
粘土質・シルト質で排水が悪い土地 高い(根に長く留まれる) 根瘤が多発しやすく、弱る 高い枯死率 ハンガリー平野部、フランス内陸低地(例:ボルドー周辺)
砂質・礫質・排水が良く、周期的に冠水する河畔地 低い(水はけが良く、冠水により窒息死) 寄生が抑えられ、根の健康が保たれる 生残個体が多い ドナウ川氾濫原、地中海沿岸の砂丘・潅木林

野生個体群減少の複合要因

現在の分布と保全のポイント

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