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シャンパーニュにおける収量制限

シャンパーニュ地方における2025年収穫分の最大収量を9,000 kg/haに設定したCIVCの決定に対し、独立系生産者が反発しているという記事(the Vignerons indépendants de Champagne against the CIVC’s decision)がありますが、CIVCの収量制限はなぜ独立系生産者に影響を与えるのですか?

CIVCが設定する収量制限の仕組み

シャンパーニュ地方では、ぶどうの品質保持、価格安定、需給調整を目的として、シャンパーニュ委員会(Comité Interprofessionnel du Vin de Champagne)が毎年「販売可能収量(available / commercialisable)」を設定しています。この収量は、その年に「シャンパーニュ」として市場に出すことが認められるぶどう収穫量の上限であり、法令上認められる収穫そのものの上限(現在 12,400 kg/ha)とは区別されます。

独立系生産者が受ける影響の理由

大手メゾン(ネゴシアン系)は、複数の栽培者からぶどうを購入し、大規模な在庫管理能力を有しているため、収量制限が厳しく設定されても、ストックを調整して生産計画を立てやすい立場にあります。

一方、独立系生産者(Vignerons indépendants)は自家畑で栽培したぶどうのみでシャンパーニュを醸造・販売しており、生産量が収量制限に直接左右されます。特に、

そのため、今回CIVCが設定した9,000 kg/haという比較的低めの収量上限に対し、独立系生産者から反発が生じています。彼らは、自分たちのビジネスの柔軟性や持続性を脅かす制限と考え、強い懸念を示しています。

CIVCには独立系生産者もメンバーとして参加しているのでしょうか?
また、AOC Champagne としての最大収量が定められている以上、必ずしも一律に収量を制限するのではなく、生産者ごとの事情に応じた柔軟な対応が可能なのではないかと思いますが、実際にはどうなのでしょうか?

CIVCの構成メンバーについて

CIVC(Comité Interprofessionnel du Vin de Champagne)は、シャンパーニュの栽培農家(ヴィニュロン)とワイン商(ネゴシアン)という二つのグループが参加する「アンテルプロフェッション(Interprofession)=職能間組織」です。そのため、独立系生産者も、栽培農家を代表する組織を通じてCIVCの運営に参加しています。ただし、独立系生産者が必ずしもCIVCの主要意思決定に大きな影響を与えているとは限らず、一般的に影響力の大きい大手メゾンに対して相対的に弱い立場となることがあります。

なぜ柔軟な対応が難しいか

シャンパーニュの収量制限は「市場供給量の管理」と「シャンパーニュの価格・品質維持」という二つの重要な役割を果たしています。そのため、各年の収量上限は、原則としてシャンパーニュ全体で統一された形で設定されています。

主な理由:
  • 品質維持の観点
    • 生産者間での品質のばらつきを抑え、AOCとしての品質基準を統一する。
  • 市場価格の安定化
    • 生産量のコントロールにより市場での供給過剰を防ぎ、価格暴落を防止する。
  • ストック管理
    • 将来的な市場動向を見据えたストック量の調整を可能にする。

これらの要素から、個々の生産者ごとの柔軟な対応は理論上可能ではありますが、実際には市場全体を管理するために「一律」の制限を設ける方式が採用されるのが一般的です。ただし、年度によっては「réserve individuelle(個別準備ストック)」などの仕組みを用いて、収量上限を超えた分を一部翌年以降に持ち越す柔軟性を与える措置も導入されています。

今回、2025年ヴィンテージについて最大収量が9,000 kg/haと低く設定されているため、独立系生産者は自身のビジネスの柔軟性が損なわれることを懸念し、CIVCに対して反発しています。

新型コロナウイルス感染症が世界的に流行した最初の年である2020年には、最大収量が8,000 kg/haと大幅に低く設定されましたが、その後、2021年は通常水準である10,000 kg/haへと回復し、2022年は12,000 kg/ha、2023年は11,400 kg/ha、2024年は10,000 kg/haとなっています。
今回の9,000 kg/haは、こうした収量設定の乱高下を見るかぎり、CIVCが市場動向の見通しを誤ったことによる影響が出ているのではないでしょうか。

CIVCによるシャンパーニュの収量設定(2020〜2025年)

販売可能収量(kg/ha)※CIVC が設定する available / commercialisable 状況・背景
2020 8,000 新型コロナ流行による市場の急激な需要減少
2021 10,000 需要回復見込み、平常水準へ戻る
2022 12,000 市場の急速な回復を反映した増加
2023 11,400 需給バランス調整のための微調整
2024 10,000 市場状況に応じたさらなる調整
2025 9,000(予定) 慎重な市場予測に基づく引き下げ

収量設定の乱高下と市場予測の課題

新型コロナウイルスのパンデミックが発生した2020年、CIVCは市場の大幅な需要減少を見込み、収量を8,000 kg/haに抑制しました。しかし実際には、2021年以降、市場は急速に回復し、CIVCはこれに対応して収量設定を段階的に引き上げました。その後、再び市場バランスを意識して収量が段階的に引き下げられている状況です。

このような販売可能収量の大きな変動は、CIVCを含む関係者が、市場動向の不確実性に対応するうえで大きな難しさに直面していることを示しています。とくに、新型コロナウイルスという異例の状況下では、将来の需要を精度高く見通すこと自体が難しく、結果として設定された収量が実際の需要とずれる場面も生じています。

大手メゾンと独立系生産者の立場の違いが与える影響

CIVCの収量制限は、栽培農家からぶどうを購入し、多くのヴィンテージを在庫として管理できる大手メゾン(ネゴシアン系)には比較的影響が少なく、生産計画に柔軟性を保つことができます。

一方、独立系生産者は、自家畑のみのぶどうを原料とし、小規模で個別のヴィンテージの生産に特化しているため、収量制限がそのままワインの販売量や収入に直結します。このため、CIVCの収量設定の乱高下は、独立系生産者にとっては深刻な問題をもたらします。

具体的には以下の影響があります:
  • 収入の不安定化
    • 急激な収量制限は即時的に収益を減少させ、経営の安定性を損ないます。
  • 市場チャンスの損失
    • 市場需要が予想以上に高まった場合でも、設定された収量を超えて生産することが許されないため、市場に十分なワインを供給できず、販売機会を逸します。
  • 生産コストの圧迫
    • 少量生産に伴い1本当たりの製造コストが上昇し、経営効率が悪化します。

こうした背景から、独立系生産者がCIVCの収量決定に強い懸念を示し、市場見通しの精度向上や収量設定方法の見直しを求めているのです。

CIVC の権限は収量決定以外にも及びますか?

CIVC(シャンパーニュ委員会)の権限と役割

CIVC は、収量設定以外にも、シャンパーニュに関する幅広い権限と役割を持っています。

生産・品質管理に関する権限

法的保護・知的財産権の保護

経済的役割・市場の管理

技術研究と開発促進

教育・研修・普及啓発活動

結論

CIVCの役割は収量設定にとどまらず、生産管理、市場調整、知的財産権の保護、研究開発、環境保護、教育啓発活動など非常に多岐にわたります。こうした権限や役割によって、シャンパーニュの品質とブランド価値の維持、長期的な産業の持続可能性を総合的に支えています。

スパークリングワインでは、リザーブ用のストックを確保しておく必要があるため、収量制限の設定方法はスティルワインとは異なるのでしょうか。特に、数年後の市場需要を正確に予測するのは困難だと思いますが、その点はどのように考慮されるのでしょうか。

スパークリングワイン、特に瓶内二次発酵方式を採るシャンパーニュなどでは、スティルワイン(非発泡ワイン)とは異なる考え方で収量が管理されています。その最大の理由は、リザーブワインと呼ばれる在庫ワインの存在です。

シャンパーニュなどのスパークリングワインでは、品質や味のスタイルを安定させるために、過去のヴィンテージのワインを一定量ストックしておき、毎年の生産にブレンドするのが一般的です。そのため、単にその年に出荷する分のぶどうだけを収穫すればよいのではなく、将来のブレンド用に一部を取っておく必要があります。

これに対して、スティルワインでは、多くの場合、その年に収穫されたぶどうだけでワインが造られ、熟成は行われても、ブレンド用に数年分のワインをあらかじめ確保しておく必要はあまりありません。こうした違いから、スパークリングワインの収量制限は、単年度の需給バランスだけでなく、中長期的な在庫管理も前提にして設定されます。

しかし、数年後の市場の需要を正確に予測するのは非常に難しく、不確実性が常に付きまといます。そこで、シャンパーニュ地方では「リザーブ・アンディヴィデュエル(réserve individuelle、近年はréserve interprofessionnelleとも呼ばれる)」という制度が設けられています。これは、その年にCIVCが定めた販売可能収量(たとえば 9,000 kg/ha)を超えて、法令上の収穫上限(15,500 kg/ha)の範囲内で収穫したぶどうから造ったワインを、すぐにはシャンパーニュとして販売せずリザーブとして保管しておく仕組みです。将来的に市場の需要が高まり、CIVC がリザーブの「解放」を認めた場合に、この在庫を引き出して販売することで、供給量を柔軟に調整できるようになっています。

また、このように将来の需要に備えて長期的に収量を設計することから、スパークリングワインの収量設定は全体的に慎重かつ保守的に行われる傾向があります。とくにシャンパーニュのように世界市場への安定供給と高いブランド価値の維持が求められる地域では、この傾向が顕著です。

まとめると、スパークリングワインの収量制限は、スティルワインよりも数年先を見越した在庫戦略に基づいており、その年ごとの市場動向だけでなく、品質の一貫性や価格の安定性も重視されて決定されています。したがって、同じ「収量制限」という言葉であっても、ワインのスタイルによって意味するところや背景が大きく異なるのです。

フランスには複数のクレマンの生産地がありますが、これらの地域における収量制限に対する考え方は、シャンパーニュ地方とは異なっているのでしょうか?

クレマンの収量制限の考え方

フランス各地で生産されるクレマン(Crémant)は、それぞれのAOCごとに INAO(国立原産地名称機関)によって法的な基準収量(rendement de base)と上限収量(rendement butoir)が定められており、これをベースに比較的安定した収量管理が行われています。

この収量制限は地域ごとに異なり、たとえばクレマン・ダルザスでは80 hl/ha(約12,000 kg/haに相当)と比較的高めに設定されている例もあります。また、クレマンの生産者は市場の需給に応じて毎年収量を大きく変更するような運用は一般的に行っておらず、収穫年ごとに決まった上限に従って安定的な生産を続ける傾向があります。

クレマンの生産者も、多くの場合は数年分の「ヴァン・ド・レゼルヴ(vins de réserve)」を保有し、非ヴィンテージのキュヴェにブレンドしていますし、一部のAOC(クレマン・ド・ブルゴーニュなど)では Volume complémentaire individuel(VCI)と呼ばれる個別リザーブ制度が導入されています。

ただし、シャンパーニュの réserve individuelle / réserve interprofessionnelle のように、産地全体の需給をマクロに調整するための大規模かつ制度化された仕組みとして位置づけられているわけではなく、クレマンでは、法律で定められた基準収量と、その年ごとの限定的な補正が収量調整の中心的な手段になっています。

クレマンとシャンパーニュの収量制限の違い

クレマンは、法的に定められた基準収量・上限収量をベースに、比較的画一的かつ予測可能な収量管理を行うのに対して、シャンパーニュでは CIVC(シャンパーニュ委員会)が市場環境を見極めながら毎年「販売可能収量(available / commercialisable)」を設定し、さらに réserve individuelle / réserve interprofessionnelle を通じて長期的な需給調整も可能とする、より動的な運用がなされています。

このように、クレマンは制度的に安定重視、シャンパーニュは市場変動に対応した調整型という、収量制限に対する考え方の違いが明確に存在します。