ワインエキスパートに教わるワイン入門

リスタン・プリエトが南北アメリカで広く普及した理由は

黒ぶどう品種のリスタン・プリエトが南北アメリカで広く普及した理由を教えてください。

リスタン・プリエト(北米では Mission、チリでは País、アルゼンチンでは Criolla Chica など)は、15〜16 世紀にスペイン本土のカスティーリャ地方からカナリア諸島を経由してスペイン帝国の植民地に持ち込まれて以来、およそ3世紀以上にわたり南北アメリカの標準的な黒ブドウとして定着しました。その「広がり」を支えた要因は、主に次の7点に整理できます。

1 宗教的・行政的要請

2 輸送ハブとしてのカナリア諸島

3 気候・土壌への圧倒的な順応性

4 競合品種の不在と苗の自家採種

5 経済的メリット

6 フィロキセラ禍の回避

7 文化的アイコンと後世の評価

以上の複合要因により、リスタン・プリエトは北米西岸から南米チリ・アルゼンチンまで“縦断的”に根を下ろしました。フランス系品種が本格的に輸入・普及する19世紀後半まで、このブドウが事実上アメリカ大陸のワイン造りを支えていた、と言っても大きな誤りではないでしょう。

「変異株」や「同系統のブドウ」とは何を指しているのですか?

用語を整理します

  1. 品種(cultivar)
    有性生殖(種子)から生まれた実生は、遺伝子が親とは組み替わるため、法的にも科学的にも原則として「別品種」扱いになります。
  2. クローン(clone)
    挿し木や取り木など無性繁殖で増やした株。遺伝的には原則同一です。
  3. 変異株(somatic mutant clone)
    長年の栽培中に体細胞突然変異が起き、果皮色や房形などが微妙に変わった株。遺伝的変化はごく一部なので、同一品種内の“クローン違い”と位置づけます。クローン多様性の研究例は Zinfandel などで詳しく報告されています。The genomic diversification of grapevine clones | BMC Genomics | Full Text, Molecular and cellular mechanisms of diversity within grapevine varieties | Heredity
  4. 同系統のブドウ(family or pedigree group)
    ある品種を親とする第一世代・第二世代の子孫品種。親子関係がはっきりしており、ゲノムの半分程度を共有します。

リスタン・プリエトの場合

区分 概要 具体例 備考
クローン/変異株 16世紀にカスティーリャ→カナリア→アメリカへと挿し木で運ばれたオリジナル材が各地で軽微な体細胞変異を蓄積 黒色果の“País”、やや赤紫が薄い“Mission San Juan”など DNA フィンガープリント解析の結果、カナリア諸島の Listán Prieto とアメリカ大陸の Mission/País/Criolla Chica が同じ遺伝的起源に属することが示されています。
実生由来の子孫(同系統) 17〜18 世紀、辺境のミッションでは“種をまいて”苗を確保した記録があり、その中から有望株を選抜して独立品種化したと考えられます Criolla Grande, Cereza, Torrontés Riojano など 遺伝解析で Muscat of Alexandria × Listán Prieto などの交雑起源が確認されています。ajgw12282 1..9.pdf
別品種かどうか 挿し木→“変異株”として 同一品種扱い
種子 → 遺伝子の組み換えにより大きく構成が変わるため別品種扱い

まとめ

リスタン・プリエトと同時期に持ち込まれた他の品種は?

リスタン・プリエト(Mission/País/Criolla Chica)が 1520〜1540年ごろにメキシコやペルーへ渡った際、同じ航路で、あるいはほどなくして持ち込まれたと歴史資料や DNA 解析から考えられている主なヨーロッパ系品種は次の3種です。

1 モスカテル・デ・アレハンドリア(Muscat of Alexandria

2 リスタン・ブランコ(Palomino Fino / Listán Blanco)

モリャール・カノ(Mollar Cano / Negramoll)

補足

アルゼンチンのクリオージャ・チカ(Criolla Chica)は果皮がピンク系のロサダ(Rosada)に分類されていますが何故ですか?

なぜアルゼンチンではクリオージャ・チカが「ロサダ(Rosada=ピンク系)」扱いなのか

  1. 見た目と分析値が「濃赤(tinta)」の基準を満たさない
    • アルゼンチン産クリオージャ・チカの果皮は、完熟しても淡い橙〜サーモン色で、黒ブドウに特有の濃紫系アントシアニンが薄いため、インスティトゥト・ナシオナル・デ・ビティビニクルトゥーラ(INV)の色区分では rosada に分類されます。INV の公式リスト(2021年改訂版)のロサダ欄に “Criolla Chica, Listán Prieto” が掲載されていることが、その根拠になっています。
  2. 遺伝子レベルでは「色素合成のスイッチが部分的にしか入っていない」
    • 果皮色を制御する VvMYBA1 遺伝子では、短い挿入配列を持つ変異アレル(赤色アレルと白色アレルの中間的な機能のアレル)が存在し、これをヘテロ接合で持つと、色素合成経路が完全には遮断されず、アントシアニン量が低〜中程度に抑えられてピンク〜明るいレンガ色に見えることが分子遺伝学研究で示されています。Pink-colored grape berry is the result of short insertion in intron of color regulatory gene - PubMed
    • クリオージャ・チカについても、このタイプの中間的アレルを持つクローンが存在する可能性が指摘されていますが、具体的にどのクローンがどのアレル型をどの頻度で持つかについての公開データは限られており、「多くのクローンがヘテロ接合である」とまでは現時点では断定できません。
  3. 植民地期のクローン淘汰が色の“薄型化”を促した
    • 16〜19 世紀にかけてアルゼンチン高地へ持ち込まれたリスタン・プリエト(黒色)は、体細胞突然変異を起こした挿し木クローンが混在した。暑く乾いた内陸部では酸が穏やかで淡色のワインが日常酒として好まれ、淡色クローンが積極的に残されたと推測される。その結果、アルゼンチンの栽培個体群ではピンク系表現型が優勢になり、チリの濃赤系 Paí­s とは色調が分化したと考えられています。
  4. 行政上の扱い―「ロゼ用」から「赤ワイン用」へ(2024 年の一連の決議)
    • INV は長らくクリオージャ一族をロサダとしてしか認可しておらず、クリオージャ・チカも「ロサダ品種」として扱われていたため、品種名を前面に出した赤ワイン(Vino Tinto)としての扱いには制約がありました。
    • 2024 年には、まず Resolución 30/2024(RESOL-2024-30-APN-INV#MEC) によって Criolla Chica が「vinos de calidad に用いることのできる variedades tintas」として正式に認められ、その後 Resolución 45/2024(RESOL-2024-45-APN-INV#MEC) によって Sangiovese/Pinot Negro/Criolla Chica/Garnacha Tinta を単一品種(100%)で用いた赤ワインについて、色度指数の下限が 350 に緩和されました。さらに Resolución 57/2024(RESOL-2024-57-APN-INV#MEC) で統合リストが再編され、Criolla Chica が variedades tintas の欄に明記されています。
    • ただし、ブドウ自体の色カテゴリーは依然として「ロサダ」として扱われており、「ロサダであること」と「赤ワイン用として認められること」は別レイヤーの区分になっています。
  5. まとめ
    • 物理的基準:果皮アントシアニン量が少なく、視覚的にピンク。
    • 遺伝的理由:VvMYBA1 の変異アレルなどにより色素合成が部分的で、ピンク系の表現型が生じていると考えられる(詳細なアレル頻度は公表データが限られており、仮説段階を含む)。
    • 歴史的背景:淡色クローンが植民地期以降に選抜・温存された可能性が高い)。
    • 法的帰結:INV の色区分でロサダ欄に掲載されており、公式にはピンク系品種として扱われている。
      これらが重なり、アルゼンチンではクリオージャ・チカ=ロサダという位置づけが現在まで続いています。

ロサダとティンタは果皮の色による分類で、「ロゼワイン用」、「赤ワイン用」という分類にはならないと思います。
ロサダに分類される Traminer や Sauvignon Gris は「ロゼワイン用」なのですか?

おっしゃる通り、アルゼンチンの「ロサダ(Rosada)/ティンタ(Tinta)/ブランカ(Blanca)」は、あくまでブドウの果皮色に基づく分類であり、ワインのスタイル(白・ロゼ・赤)を直接決めているわけではありません。

1 ロサダとは「ピンク色の果皮」を指すだけ

2 ワイン色の分類は別物

アルゼンチンの瓶詰表示は、基本的に finished wine の色合いで判断されます。ブドウがロサダでも、醸造方法しだいで白、ロゼ、ライトレッドのいずれも造ることができます。

3 クリオージャ・チカをめぐる“誤解”の背景

「手続き上」について詳しく教えてください。ロサダに分類される品種が「白ワイン・ロゼワイン表示」はよくて「赤ワイン表示」はだめな理由を教えてください。

「ロサダ品種で赤ワイン表示ができなかった」手続き上の理由

  1. INV がブドウ品種を3色に分類している
    • アルゼンチンの国立ブドウ・ワイン研究所(INV)は、品種リストをティンタ(黒)、ロサダ(ピンク)、ブランカ(白)の3つに分けて管理しています。この区分は「原料ぶどうが何色か」を示すだけで、造るワインの色(白・ロゼ・赤)を直接規定するものではありません。
  2. 「VINO TINTO」表示には色度指数と品種構成の両方の条件がある
    • 瓶詰め前に INV に届け出て「VINO TINTO」と表示するには、おおまかに言うと製品が次の2条件を同時に満たすことが求められます(詳細は複数の決議にまたがります)。
      • ① 色度指数(Índice de Color)≥500:肉眼で濃い赤に見えることを担保(Sangiovese/Pinot Negro/Criolla Chica/Garnacha Tinta の 100% の場合は、Resolución 45/2024 により 350 まで緩和)。
      • ② 仕込みブレンドの 85%以上が「variedades tintas」:果皮に十分なアントシアニンとタンニンを含むと認定された品種を主原料にすること(いわゆる「vino tinto genérico」に関する要件)。
    • クリオージャ・チカが variedades rosadas にしか載っていなかった時期には、②の「variedades tintas」に該当しなかったため、ロサダ品種単独では法律上どうしても 85% 要件を満たせず、「Tinto」としての表示が認められない、という運用になっていました。
  3. 白・ロゼ表示が許容される仕組み
    • 白ワイン表示:果汁を即時圧搾して無色に仕上げれば、ぶどうがロサダでも製品色は淡黄色になり、白として登録可能です(白については色度指数の下限がありません)
    • ロゼ表示:ロサダ/ティンタどちらを使っても、色度指数が「白より濃く 500 未満」の範囲に収まっていればロゼとして認められます。
    • これら 2 つのカテゴリーには「原料は○色でなければならない」という比率要件がないため、ロサダ品種でも問題なく Blanco/Rosado 表示ができる、という構造になっています。