ワインエキスパートに教わるワイン入門
リスタン・プリエトが南北アメリカで広く普及した理由は
黒ぶどう品種のリスタン・プリエトが南北アメリカで広く普及した理由を教えてください。
リスタン・プリエト(北米では Mission、チリでは País、アルゼンチンでは Criolla Chica など)は、15〜16 世紀にスペイン本土のカスティーリャ地方からカナリア諸島を経由してスペイン帝国の植民地に持ち込まれて以来、およそ3世紀以上にわたり南北アメリカの標準的な黒ブドウとして定着しました。その「広がり」を支えた要因は、主に次の7点に整理できます。
1 宗教的・行政的要請
- 16世紀前半には、エルナン・コルテスやスペイン王室による勅令・通達によって、新大陸の入植地でブドウを植え、聖体用ワインを自給することが求められたと伝えられています(具体的な年次・文言については史料間で差があり、この部分は現時点では仮説段階です)。カトリック教会の宣教師(のちにはフランシスコ会士やイエズス会士)が各ミッションに苗木を携え、メキシコ→ペルー→チリへ、さらに17〜18世紀にはカリフォルニアへと連鎖的に植栽を拡大しました。
2 輸送ハブとしてのカナリア諸島
- 大西洋交易の補給港だったカナリア諸島には早くからリスタン・プリエトが根付き、ここで育った苗がアメリカ航路の船荷として繰り返し積み込まれたため、スペイン本土と新大陸を結ぶ苗木供給基地の役割を果たしました。
3 気候・土壌への圧倒的な順応性
- 乾燥地型で樹勢が強く、降雨の少ないメキシコ高原やアンデス山麓でも灌漑なしで実を付け、高収量が得られました。加えて厚い樹皮と長命性(100年以上生育する例が多いこと)が、入植地の不安定な農業事情に適合しました。
4 競合品種の不在と苗の自家採種
- 16〜18 世紀の段階では、少なくとも黒ブドウとしてはヨーロッパ系ヴィニフェラを安定供給できる主たる選択肢の一つであり、北米在来種(Vitis californica など)は酒質面で代替になりませんでした。また宣教師は種子まきでも苗を増やしたため実生由来の系統が各地で派生し、現地名で呼ばれながらもリスタン・プリエトと近縁のブドウが面的に広がりました。
5 経済的メリット
- 早熟で糖度が上がりやすく、軽いテーブルワインから甘味・酒精強化タイプ(エンジェリカなど)まで醸造の幅が広かったため、鉱山キャンプや沿岸都市の日常酒として重宝されました。輸送コストの高い時代に現地で大量生産できたことが“事実上の標準品種”の地位を固めました。
6 フィロキセラ禍の回避
- 19 世紀後半以降、ヨーロッパではフィロキセラ禍により全面的な接ぎ木・品種更新が進みましたが、チリなど南米内陸部やカナリア諸島など、リスタン・プリエトの主要栽培地の多くはフィロキセラの被害をほとんど受けませんでした。このため接ぎ木更新の必要が比較的小さく、旧来のリスタン・プリエト系統が自根のまま残存しました(カリフォルニアなど一部地域ではフィロキセラ被害を受けており、この点は地域差があることに留意が必要です)。
7 文化的アイコンと後世の評価
- 「ミッション・グレープ」は開拓・宣教史の象徴として語り継がれ、近年は在来畑の保全運動やナチュラルワイン潮流の後押しで再評価が進んでいます。
以上の複合要因により、リスタン・プリエトは北米西岸から南米チリ・アルゼンチンまで“縦断的”に根を下ろしました。フランス系品種が本格的に輸入・普及する19世紀後半まで、このブドウが事実上アメリカ大陸のワイン造りを支えていた、と言っても大きな誤りではないでしょう。
「変異株」や「同系統のブドウ」とは何を指しているのですか?
用語を整理します
- 品種(cultivar)
有性生殖(種子)から生まれた実生は、遺伝子が親とは組み替わるため、法的にも科学的にも原則として「別品種」扱いになります。
- クローン(clone)
挿し木や取り木など無性繁殖で増やした株。遺伝的には原則同一です。
- 変異株(somatic mutant clone)
長年の栽培中に体細胞突然変異が起き、果皮色や房形などが微妙に変わった株。遺伝的変化はごく一部なので、同一品種内の“クローン違い”と位置づけます。クローン多様性の研究例は Zinfandel などで詳しく報告されています。The genomic diversification of grapevine clones | BMC Genomics | Full Text, Molecular and cellular mechanisms of diversity within grapevine varieties | Heredity
- 同系統のブドウ(family or pedigree group)
ある品種を親とする第一世代・第二世代の子孫品種。親子関係がはっきりしており、ゲノムの半分程度を共有します。
リスタン・プリエトの場合
| 区分 |
概要 |
具体例 |
備考 |
| クローン/変異株 |
16世紀にカスティーリャ→カナリア→アメリカへと挿し木で運ばれたオリジナル材が各地で軽微な体細胞変異を蓄積 |
黒色果の“País”、やや赤紫が薄い“Mission San Juan”など |
DNA フィンガープリント解析の結果、カナリア諸島の Listán Prieto とアメリカ大陸の Mission/País/Criolla Chica が同じ遺伝的起源に属することが示されています。 |
| 実生由来の子孫(同系統) |
17〜18 世紀、辺境のミッションでは“種をまいて”苗を確保した記録があり、その中から有望株を選抜して独立品種化したと考えられます |
Criolla Grande, Cereza, Torrontés Riojano など |
遺伝解析で Muscat of Alexandria × Listán Prieto などの交雑起源が確認されています。ajgw12282 1..9.pdf |
| 別品種かどうか |
挿し木→“変異株”として 同一品種扱い
種子 → 遺伝子の組み換えにより大きく構成が変わるため別品種扱い |
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まとめ
- 「変異株」とは、挿し木で増えたリスタン・プリエトが世代を重ねるうちに生じた体細胞突然変異によるクローン差を指します。果皮の色調や房の緩密などがわずかに異なる程度で、遺伝子全体はほぼ同一であるため、現代でも同一品種内のクローンとして扱われます。
- 「同系統のブドウ」とは、リスタン・プリエトを片親に持つ実生由来の独立品種群をまとめた呼び名です。アルゼンチンやチリで「クリオージャ(Criolla)系」と総称される品種が代表例です。
- 宣教師が種子を播いた結果、こうした “クリオージャ” 品種が成立しましたが、Mission/País/Criolla Chica 本体は主として挿し木で維持されたと考えられます。DNA 解析によって、これらがいずれもスペイン起源の Listán Prieto と同じ系統に属することが示されており、非常に近縁な派生系統とみなされています(「完全に一つの単一品種に統一された」という意味ではなく、系統的にほぼ同一である、というニュアンスです)。
リスタン・プリエトと同時期に持ち込まれた他の品種は?
リスタン・プリエト(Mission/País/Criolla Chica)が 1520〜1540年ごろにメキシコやペルーへ渡った際、同じ航路で、あるいはほどなくして持ち込まれたと歴史資料や DNA 解析から考えられている主なヨーロッパ系品種は次の3種です。
2 リスタン・ブランコ(Palomino Fino / Listán Blanco)
- シェリー用品種として知られる中性系の白ブドウ。カナリア諸島経由で早くから補給港に根付き、そこから新世界へ苗が流れました。
- 16世紀末までにメキシコやチリで日常酒のベースとなり、「Mission と Muscat に続く基幹品種」として同時代資料に登場するとされています。
- 遺伝学的にも、リスタン・プリエトと同じ旧スペイン系統に属し、同じ航路で伝播した品種として言及されます。
- アンダルシア原産の赤系品種で、カナリア諸島ではネグラモルと呼ばれます。
- 16 世紀の植民史料や現地の古樹調査から、「最初期の輸入ブドウの一つ」と確認されています。
- ペルーでは、リスタン・プリエトとの自然交雑で生まれたケブランタなど在来品種の親として重要な役割を果たしたと考えられています。
補足
- 当時のスペインではトロンテス、ビハリエゴ、アルビリョ、マルバシアなども航路に乗りましたが、アメリカ大陸で系統が連続して残ったかどうかについては、上記3品種ほど強い証拠はありません。
- これら3品種は、乾燥耐性と多収性に優れ、聖体用から日常酒・蒸留酒まで幅広く使えたため、リスタン・プリエトとともに 17〜18世紀の南北アメリカで“事実上の標準セット”と見なされるようになりました。
アルゼンチンのクリオージャ・チカ(Criolla Chica)は果皮がピンク系のロサダ(Rosada)に分類されていますが何故ですか?
なぜアルゼンチンではクリオージャ・チカが「ロサダ(Rosada=ピンク系)」扱いなのか
- 見た目と分析値が「濃赤(tinta)」の基準を満たさない
- アルゼンチン産クリオージャ・チカの果皮は、完熟しても淡い橙〜サーモン色で、黒ブドウに特有の濃紫系アントシアニンが薄いため、インスティトゥト・ナシオナル・デ・ビティビニクルトゥーラ(INV)の色区分では rosada に分類されます。INV の公式リスト(2021年改訂版)のロサダ欄に “Criolla Chica, Listán Prieto” が掲載されていることが、その根拠になっています。
- 遺伝子レベルでは「色素合成のスイッチが部分的にしか入っていない」
- 植民地期のクローン淘汰が色の“薄型化”を促した
- 16〜19 世紀にかけてアルゼンチン高地へ持ち込まれたリスタン・プリエト(黒色)は、体細胞突然変異を起こした挿し木クローンが混在した。暑く乾いた内陸部では酸が穏やかで淡色のワインが日常酒として好まれ、淡色クローンが積極的に残されたと推測される。その結果、アルゼンチンの栽培個体群ではピンク系表現型が優勢になり、チリの濃赤系 País とは色調が分化したと考えられています。
- 行政上の扱い―「ロゼ用」から「赤ワイン用」へ(2024 年の一連の決議)
- INV は長らくクリオージャ一族をロサダとしてしか認可しておらず、クリオージャ・チカも「ロサダ品種」として扱われていたため、品種名を前面に出した赤ワイン(Vino Tinto)としての扱いには制約がありました。
- 2024 年には、まず Resolución 30/2024(RESOL-2024-30-APN-INV#MEC) によって Criolla Chica が「vinos de calidad に用いることのできる variedades tintas」として正式に認められ、その後 Resolución 45/2024(RESOL-2024-45-APN-INV#MEC) によって Sangiovese/Pinot Negro/Criolla Chica/Garnacha Tinta を単一品種(100%)で用いた赤ワインについて、色度指数の下限が 350 に緩和されました。さらに Resolución 57/2024(RESOL-2024-57-APN-INV#MEC) で統合リストが再編され、Criolla Chica が variedades tintas の欄に明記されています。
- ただし、ブドウ自体の色カテゴリーは依然として「ロサダ」として扱われており、「ロサダであること」と「赤ワイン用として認められること」は別レイヤーの区分になっています。
- まとめ
- 物理的基準:果皮アントシアニン量が少なく、視覚的にピンク。
- 遺伝的理由:VvMYBA1 の変異アレルなどにより色素合成が部分的で、ピンク系の表現型が生じていると考えられる(詳細なアレル頻度は公表データが限られており、仮説段階を含む)。
- 歴史的背景:淡色クローンが植民地期以降に選抜・温存された可能性が高い)。
- 法的帰結:INV の色区分でロサダ欄に掲載されており、公式にはピンク系品種として扱われている。
これらが重なり、アルゼンチンではクリオージャ・チカ=ロサダという位置づけが現在まで続いています。
ロサダとティンタは果皮の色による分類で、「ロゼワイン用」、「赤ワイン用」という分類にはならないと思います。
ロサダに分類される Traminer や Sauvignon Gris は「ロゼワイン用」なのですか?
おっしゃる通り、アルゼンチンの「ロサダ(Rosada)/ティンタ(Tinta)/ブランカ(Blanca)」は、あくまでブドウの果皮色に基づく分類であり、ワインのスタイル(白・ロゼ・赤)を直接決めているわけではありません。
1 ロサダとは「ピンク色の果皮」を指すだけ
- INV(国立ブドウ・ワイン研究所)の原簿では、ピンク〜灰バラ色の皮をもつ品種をまとめて rosadas に置き、代表的なものに
- Gewürztraminer/Traminer
- Pinot Gris
- Sauvignon Gris
- これらのブドウは世界中で主に白ワインとして仕込まれており、「ロゼ専用」という扱いではありません。
2 ワイン色の分類は別物
アルゼンチンの瓶詰表示は、基本的に finished wine の色合いで判断されます。ブドウがロサダでも、醸造方法しだいで白、ロゼ、ライトレッドのいずれも造ることができます。
- Vino Blanco 淡黄色〜黄金色
- Vino Rosado サーモン〜ルビー色
- Vino Tinto 濃いルビー〜ガーネット色
3 クリオージャ・チカをめぐる“誤解”の背景
- 以前の問題点
- クリオージャ・チカ(果皮は淡いピンク)は、INV の「vinos de calidad に用いることのできる品種リスト」では長らくロサダとしてのみ掲載されており、「variedad tinta」としては扱われていませんでした。
- そのため生産者は、色が軽い赤ワインを造っても、原料品種の区分上はロサダとしか見なされず、Vino Tinto 表示や IG/DOC との組み合わせに制約がある、と不便さを訴えていました。
- 2024年の一連の改正
- RESOL-2024-30-APN-INV#MEC(Resolución 30/2024)で Criolla Chica が「variedad tinta apta para la elaboración de vinos de calidad」として明記され、つづく RESOL-2024-45-APN-INV#MEC(Resolución 45/2024)で、Sangiovese/Pinot Negro/Criolla Chica/Garnacha Tinta を 100% 使用した赤ワインについて、色度指数の下限 350 が認められました。
- さらに RESOL-2024-57-APN-INV#MEC(Resolución 57/2024)で統合リストが再編され、Criolla Chica が variedades tintas の欄に明記されています。
- これらの結果として、ブドウ自体の果皮色はロサダのままでも、Criolla Chica を主原料(85%以上)とし、かつ色度指数の要件(一般には ≥500、特例品種では ≥350)を満たす限り、「Vino Tinto」としての表示が制度上可能になりました。
「手続き上」について詳しく教えてください。ロサダに分類される品種が「白ワイン・ロゼワイン表示」はよくて「赤ワイン表示」はだめな理由を教えてください。
「ロサダ品種で赤ワイン表示ができなかった」手続き上の理由
- INV がブドウ品種を3色に分類している
- アルゼンチンの国立ブドウ・ワイン研究所(INV)は、品種リストをティンタ(黒)、ロサダ(ピンク)、ブランカ(白)の3つに分けて管理しています。この区分は「原料ぶどうが何色か」を示すだけで、造るワインの色(白・ロゼ・赤)を直接規定するものではありません。
- 「VINO TINTO」表示には色度指数と品種構成の両方の条件がある
- 瓶詰め前に INV に届け出て「VINO TINTO」と表示するには、おおまかに言うと製品が次の2条件を同時に満たすことが求められます(詳細は複数の決議にまたがります)。
- ① 色度指数(Índice de Color)≥500:肉眼で濃い赤に見えることを担保(Sangiovese/Pinot Negro/Criolla Chica/Garnacha Tinta の 100% の場合は、Resolución 45/2024 により 350 まで緩和)。
- ② 仕込みブレンドの 85%以上が「variedades tintas」:果皮に十分なアントシアニンとタンニンを含むと認定された品種を主原料にすること(いわゆる「vino tinto genérico」に関する要件)。
- クリオージャ・チカが variedades rosadas にしか載っていなかった時期には、②の「variedades tintas」に該当しなかったため、ロサダ品種単独では法律上どうしても 85% 要件を満たせず、「Tinto」としての表示が認められない、という運用になっていました。
- 白・ロゼ表示が許容される仕組み
- 白ワイン表示:果汁を即時圧搾して無色に仕上げれば、ぶどうがロサダでも製品色は淡黄色になり、白として登録可能です(白については色度指数の下限がありません)
- ロゼ表示:ロサダ/ティンタどちらを使っても、色度指数が「白より濃く 500 未満」の範囲に収まっていればロゼとして認められます。
- これら 2 つのカテゴリーには「原料は○色でなければならない」という比率要件がないため、ロサダ品種でも問題なく Blanco/Rosado 表示ができる、という構造になっています。
- posted : 2025-06-27, update : 2025-11-22
- Author : katabami (Editor) / ChatGPT (Writing Assistant)
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