ワインエキスパートに教わるワイン入門

日本生まれのワイン用語「オルツタイルラーゲ」

ドイツに「Ortsteillage」というワイン用語はありますか?

ドイツのワイン法および実務上、「Ortsteillage(オルツタイルラーゲ)」という用語は正式な法定用語ではなく、ドイツ語圏の現場でも専門用語として使われることはないようです。むしろ、日本のワイン教育や日本語資料の中で便宜的に用いられてきた和製ドイツ語とみなすのが妥当です。

「Ortsteillage」とは何を意味するのか?

「Ortsteillage」は語構成だけ見れば「Ortsteil(地区・村の一部)」+「Lage(畑・区画)」の合成語ですが、ドイツ語圏でワイン法上の専門用語として定着した例は確認できません。日本のワイン教育では、村名を併記せず畑名(あるいは城や修道院などの地名)だけで地理的表示として用いることが認められた、ごく一部の銘醸地を便宜的にまとめて指す呼称として紹介されてきました。

Ortsteillageは存在するか?

観点 結論
法的な用語か? いいえ。ドイツワイン法上の定義や規定は存在しません。
慣用的に使うか? ドイツ語圏では専門用語として使われることはないようで、日本語の教本・解説・セミナーなどで便宜的に用いられてきた和製ドイツ語と考えられます。

ドイツ国内の「VDPや解説書、セミナー等」では Ortsteillage という用語が使われていますか?

いいえ、ドイツ国内のVDPやドイツ語の専門書・セミナー等で「Ortsteillage(オルツタイルラーゲ)」という用語が実際に使われている例は確認できません。以下に挙げるのはいずれも、日本語話者がVDP会員や銘醸地を紹介する際に用いている、日本語圏での使用例です。

根拠と示されたものは全て日本人によって使われている例ですよね。

ドイツ語圏の実務・教育資料でも未確認

ウェブ上のVDP関連情報や、ドイツ語の専門ワイン講座、業界資料を検索しましたが、「Ortsteillage」を使用しているドイツ国内の資料やセミナーは見つかりませんでした。すべて:VDP.ORTSWEIN, ERSTE LAGE, GROSSE LAGE という分類名のみが使われています 。

日本語や英語圏で「Ortsteillage」として紹介されているものは、あくまで訳語や説明用の便宜的用語であり、ドイツの現場では使われていません。

英語圏で「Ortsteillage」が使われている例を示してください。

英語圏での検索結果

英語圏の正式なワイン文献・産地資料において「Ortsteillage」が使われている例は確認できません。むしろ、ネット上の日本人による説明やSNS投稿に限定されている状況です。

日本で「Ortsteillage」あるいは「オルツタイルラーゲ」という用語が使われ始めた時期は分かりますか?

日本での導入と背景

「Ortsteillage(オルツタイルラーゲ)」という語は、字面だけ見れば村の一部(Ortsteil)と畑(Lage)を組み合わせたドイツ語です。日本の解説ではしばしば、1971年のドイツワイン法およびその下位法令のもとで「特例として村名を省略して畑名(あるいは城や修道院の地名)単独でラベル表示が許される銘醸地」を説明する際の用語として紹介されてきました。ただし、ドイツ本国の法律条文や公的資料に「Ortsteillage」という語そのものは登場せず、ドイツ語圏の専門文献でも専門用語として使われることはないようです。「Ortsteillage」をドイツ語で検索しても日本のソムリエ試験対策ページなど日本語資料ばかりがヒットすることから、日本側では「ドイツではほぼ死語になっている用語が日本で命脈を保っている」といった言い方をされることもありますが、実態としては、そもそも本国では広く用いられてこなかった語だと理解する方が適切です。

1971年のドイツワイン法および各州の実施規則のもとで、実務上ごく一部の歴史的銘醸地名だけが、村名を併記せず地名単独でラベル表示される例外的な扱いを受けることになりました。日本の教本や解説では、そのうちモーゼルのシャルツホーフベルクと、ラインガウのシュタインベルク、シュロス・ヨハニスベルク、シュロス・フォルラーツ、シュロス・ライヒャルツハウゼンの5つをまとめて「オルツタイルラーゲ」と呼び、ワイン教育上重要な知識として扱ってきました。例えば、日本ソムリエ協会教本では長年「一カ所にまとまった大きなブドウ園で特に許可された場合、村名+畑名の併記が不要」と解説し、ソムリエ試験対策としてこの5つの名称を暗記する習わしがあったといいます。日本ではこれらをまとめて「ドイツ版5大シャトー」と呼ぶ愛好家もおり、さらに古くは「二山五城」(ラインガウの二つの“山”=シュタインベルクとシャルツホーフベルク、五つの“城”=シュロスと名のつく地名)とも称されました。こうした背景から、日本のワイン業界では遅くとも1990年代後半までに「Ortsteillage(オルツタイルラーゲ)」というドイツ語が専門用語として定着したと考えられます。

最古の使用例とその文脈

調査できる限り、日本における「オルツタイルラーゲ」最古の使用例はソムリエ教育の文脈です。具体的には日本ソムリエ協会の教本やワインスクールでのドイツワイン法説明において、1990年代末頃にはすでに登場していたとみられます。ワインライターの北嶋裕氏(トリア在住)は2017年のコラムで、「数年前のソムリエ協会教本」にオルツタイルラーゲの解説が載っており、前述の5つの畑を覚えるのが試験対策の定番だったと述べています。このことから、遅くとも2000年前後までには教本や試験問題で用語が使われ始めていたことが裏付けられます。ドイツワイン通信Vol.70 | (株)ラシーヌ  RACINES CO,.LTD.

その後も2000年代を通じて、「オルツタイルラーゲ」は日本のワイン愛好家・受験生に共有される知識として各種媒体に登場します。例えば2009年発行のワイン旅行記では、筆者(2005年ワインエキスパート取得者)がラインガウのシュロス・フォルラーツ訪問記の中で「ワイン名に村名・畑名が不要な特別な畑がいくつかあり、Ortsteillage(オルツタイラーゲ)といい、シュロス・フォルラーツもその一つ」だと解説しています。また2011年のブログ記事でも、「モーゼルのシャルツホフベルガーやラインガウのシュタインベルガー(※シュタインベルク)、フォルラーツ等5つがオルツタイルラーゲといい、勝手にドイツ版五大シャトーと呼ばれている」と紹介されており、一般のワイン愛好家の間でも通じる用語になっていたことが伺えます。このブログの筆者は「これらの畑が全て常に高品質というわけでもない」と当時の資料を振り返りつつ、「“オルツタイルラーゲ”という用語自体もう使っていないという話もある」と記しており、日本国内でも2010年代になるとこの用語の時代遅れ感が認識され始めたようです。

出典と補足

以上より、日本における「Ortsteillage(オルツタイルラーゲ)」の初出時期は1990年代後半頃と推定されます。当時の日本ソムリエ教本やワインスクール教材で導入され、その後2000年代にかけて雑誌やウェブ記事でも散見されるようになりました。現在ではドイツワイン法自体の改正や品質分類の変化に伴い試験で重視されなくなりつつありますが、日本で生まれたこの和製ドイツワイン用語は一時期、プロ・愛好家問わず共有された知識だったと言えるでしょう。

「Ortsteillage」は死語になったのではなく、元々ドイツで使われたこともない用語だったのでは?

結論から申し上げると「Ortsteillage」は“死語になった”のではなく、そもそもドイツでは専門用語として“使われていなかった”語です。つまりこの言葉は、日本国内で教育・解説用に便宜的に構成された“和製ドイツ語”であり、ドイツ語話者の間では、正式な用語・慣用語として流通していなかったと見るのが正確です。

Ortsteillage と言う用語を創作した人は Schloss Johannisberg や Schloss Vollrads が畑ではなくワイナリーだということを知らなかったのでしょうか?知っていれば Lage を使うことはなかったと思います。

ご指摘は本質的です。「Ortsteillage」という用語を創作・導入した人物または教育系統が、Schloss Johannisberg や Schloss Vollrads が「畑名」ではなく「ワイナリー名(あるいは地名)」でもあることを十分に整理しないまま、教育的便宜から語を導入した可能性はあります。ただし、これは現時点では一次資料による裏付けがない仮説段階の推測にとどまり、具体的な編纂経緯が確認できたわけではありません。

この問題は「日本におけるドイツワイン法教育の構造的誤解」の一例として極めて興味深く、教材の成立過程(JSA教本の編纂経緯)、過去の講座・解説文脈の精査などを通じて、どういうルートで用語や誤解が定着したかを再構成できるかもしれません。

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