ワイン用語での「クローン(Clone)」とは、ぶどう品種内で特定の優れた特性を持つ株を選抜し、それを無性繁殖(挿し木や接ぎ木など)によって遺伝的に全く同一な状態で増殖させたものを指します。
一般的に選抜される特性には、以下のようなものがあります。
クローンは同じ品種でも以下のように異なる特徴を示す場合があります。
| 特徴の例 | 説明 |
|---|---|
| 成熟期の違い | 早熟型クローン、晩熟型クローンなど |
| 房や粒の大きさ | 大粒・小粒、房の大小 |
| 色素や酸の量 | 色が濃いクローン、酸が高いクローンなど |
| アロマの特徴 | 特定の香り成分が強調される |
同じぶどう品種でも異なるクローンを選ぶことで、ワインの味わいや品質が大きく変化します。
クローンには一般的に番号が付与され、各国の専門機関によって管理されます。
例えば、「PINOT NOIR 777」「CABERNET-SAUVIGNON 337」など、品種名の後に番号がつけられます。
代表的なブルゴーニュ品種ピノ・ノワールには以下のような著名なクローンがあります。
| クローン | 特徴 | 主な使用地域 |
|---|---|---|
| 115 | 果実味豊か、バランスの良い酸 | ブルゴーニュ、オレゴン州 |
| 667 | 濃厚な果実味、深い色調 | ブルゴーニュ、カリフォルニア州 |
| 777 | 凝縮感のある果実、タンニンが豊か | ブルゴーニュ、世界各地 |
これらを単独で使う場合もありますが、複数のクローンを畑に混植してワインに複雑さを持たせることも一般的です。
良質なクローンの選定は、生産者にとって非常に重要であり、長期的なワインの品質や個性、さらにはぶどう栽培の経済性を左右します。
一方で、特定のクローンへの依存は多様性を減らし、遺伝的画一化につながるという懸念もあります。そのため近年では、畑で複数のクローンを組み合わせたり、「マサル・セレクション(複数の優良株を混合して繁殖させる方法)」を採用する生産者も増えています。
ご指摘の通り、ぶどう栽培では一般的に挿し木(無性繁殖)でぶどうを増やします。そのため同一品種であれば遺伝子的にはほぼ同一(クローン)という認識も一理ありますが、厳密にはもう少し複雑な事情があります。
以下で整理します。
「品種」とはぶどうの種類を指し(例:ピノ・ノワール、カベルネ・ソーヴィニヨン)、
「クローン」とは同一品種の中で特定の特性を示す個体を、特別に選抜し、増殖した集団を指します。
つまり、
という違いがあります。
品種は長い歴史のなかで無性繁殖されますが、数十年、数百年の間に環境変異や突然変異(体細胞変異=ソマティックミューテーション)が自然に起こります。
これにより、同一品種でも以下のような差異が現れます。
これらの変異をもつ個体から、「栽培上の利点を持つ」と判断されたものが特別に選ばれて繁殖され、公式な『クローン』として認定・管理されます。
挿し木(無性繁殖)であっても、
一方、同じ品種を無性繁殖したとしても、正式な選抜プロセスを経ずに古くから畑で自然に継承されてきたもの(古木や個人の畑の株から適当に挿し木したもの)は、広義の意味ではクローン的であっても、一般に「クローン」とは呼ばれません(特に「公式クローン」ではありません)。
このような昔ながらの方法で多様な個体を混ぜて栽培する手法は、『マサル・セレクション(Massal Selection)』と呼ばれます。
| 繁殖方法 | 特徴・目的 | 遺伝的多様性 |
|---|---|---|
| クローン選抜 | 優良個体を選抜・増殖し特定の性質を安定化 | 少ない |
| マサル・セレクション | 優良個体を複数選び、畑の多様性や複雑性を維持 | 比較的多い |
ご指摘のとおり、挿し木で増殖した同一品種は遺伝的には「広義のクローン」です。
しかし、ワイン用語としての「クローン」は、
を指しており、品種内での栽培的特性や遺伝的特性を明確に管理・認識するための概念だということになります。
ぶどう品種は無性繁殖(挿し木・接ぎ木)で増やされるため、遺伝的に同一の個体群を「クローン」と呼びますが、ピノ・ブランやピノ・グリのような「突然変異によって生じた個体」が、なぜ別品種として扱われるのかを以下で整理します。
一般的なワイン業界や科学界の基準では、以下のような基準が用いられます。
| 分類 | 基準 |
|---|---|
| クローン | ①同じ品種内での遺伝的変異が非常に小さい ②同品種の個体群として管理される |
| 品種(別品種) | ①目に見えて明らかな形質(色・香り・生育形質など)の違いがある ②栽培・醸造・商品流通上、明確に区別されている |
つまり、遺伝子レベルでの差異の大きさだけでなく、「栽培上、流通上、あるいは行政的に明確に区別される必要があるか」という社会的・実用的基準が大きく影響しています。
ピノ・グリ、ピノ・ブランは、ピノ・ノワールから自然発生的な「体細胞突然変異(ソマティックミューテーション)」によって生まれました。
これら3種の遺伝子(DNA配列)は、ほとんど同一です。特にピノ・ノワールとピノ・グリの差異は、ごくわずかな色素形成関連遺伝子(アントシアニン合成経路)の変異だけに限定されます。
一方、ピノ・ブランはさらにアントシアニンを生成する遺伝子に重大な欠失があり、果皮の色素形成能力がほぼ失われています。
| 品種 | 果皮色 | 遺伝子レベルの差異 |
|---|---|---|
| ピノ・ノワール | 黒 | 基準となる原型 |
| ピノ・グリ | 灰色〜ピンク色 | アントシアニン合成能力が部分的に欠損 |
| ピノ・ブラン | 白 | アントシアニン合成能力が完全に欠損 |
つまり、変異はごく小さいものですが、それによって色素が変化したことが決定的です。
理由は以下の通りです。
つまり、遺伝的差異が小さくても「見た目の違い」「社会的な必要性」「歴史的・文化的背景」が、品種として分離する重要な根拠になっているのです。
ご指摘の通り、ピノ・ムーニエ(Pinot Meunier)は、ピノ・ノワールから突然変異で生まれた個体ですが、ピノ・グリやピノ・ブランと比較して「遺伝子レベルの差異」がより大きいことが知られています。
特にSSRマーカー(遺伝子マーカー)の一部の座位で、ピノ・ノワール/グリ/ブランとは異なるプロファイルを示すことが報告されており、この点も踏まえてピノ・ムーニエは「ピノ・ノワール由来だが別品種」として扱われています。
| 品種 | 遺伝的差異の程度 | 扱い |
|---|---|---|
| ピノ・グリ/ピノ・ブラン | 非常に小さい(ごく一部の遺伝子変異 | 社会的・歴史的理由で別品種化 |
| ピノ・ムーニエ | 比較的大きい(SSRマーカーで明確な差異) | 遺伝的理由で別品種化 |
これにより、「遺伝的差異だけでなく社会的・栽培的背景も含めて品種の定義が行われている」というのが、ワイン用語として「品種」「クローン」が使い分けられる理由となります。
| SSR Marker | Pinot Noir | Pinot Blanc | Pinot Gris | Pinot Meunier |
|---|---|---|---|---|
| VVS2 | 137 / 151 | 137 / 151 | 137 / 151 | 129 / 151 |
| VVMD5 | 230 / 240 | 230 / 240 | 230 / 240 | 230 / 240 |
| VVMD7 | 239 / 243 | 239 / 243 | 239 / 243 | 239 / 243 |
| VVMD25 | 239 / 249 | 239 / 249 | 239 / 249 | 239 / 249 |
| VVMD27 | 186 / 190 | 186 / 190 | 186 / 190 | 186 / 190 |
| VVMD28 | 218 / 236 | 218 / 236 | 218 / 236 | 218 / 236 |
| VVMD32 | 240 / 272 | 240 / 272 | 240 / 272 | 240 / 272 |
| VrZAG62 | 188 / 194 | 188 / 194 | 188 / 194 | 188 / 194 |
| VrZAG79 | 239 / 245 | 239 / 245 | 239 / 245 | 239 / 245 |
いいえ、必ずしも「社会的・商業的な区別が必要ないから」とは言えません。
『Italian Vitis Database』において、「Pinot Nero」「Pinot Grigio」「Pinot Bianco」が「PINOT」という一つのカテゴリーにまとめられているのは、遺伝的研究を目的とした分類上の便宜によるものです。
イタリアの『Registro Nazionale delle Varietà di Vite』では、各ぶどう品種(Varietà)ごとに登録コードが与えられ、その品種に対する別名(シノニム)が併記されています。
「varietà a più sinonimi」という場合は、「複数のシノニムをもつ1つの品種」という意味であり、複数の近縁品種を1つの Varietà に公式にまとめてしまうカテゴリーというわけではありません。
一方、『Italian Vitis Database』のような研究用データベースでは、遺伝的に非常に近縁な系統を、分類・解析上の便宜のために1つの品種群としてまとめて扱うことがあります。PINOT グループは、こうした研究上の整理の一例です。
『Italian Vitis Database』では、「Pinot Nero」「Pinot Grigio」「Pinot Bianco」を遺伝的な観点からまとめて『PINOT』として扱っています。
| 品種 | 色調 | イタリアでの扱い |
|---|---|---|
| Pinot Nero | 黒(赤ワイン) | 主に赤ワイン、スパークリング |
| Pinot Grigio | 灰色〜ピンク色(白ワイン) | 白ワイン |
| Pinot Bianco | 白色(白ワイン) | 白ワイン、スパークリング |
イタリアでは、これらを明確に別々に表示することももちろん一般的に行われており、商業的にも大きな差異があります。特にピノ・グリージョ(Pinot Grigio)は国際市場でも人気が高く、商業的区別が必要ないとは言えません。
しかし『Vitis Database』という遺伝資源・分類研究を目的としたデータベースにおいては、この遺伝的に近縁な3つの品種を区別せず、一つの「品種群」として統合管理しているという背景があります。
つまり、実際の市場や栽培現場では、ピノ・ノワール、ピノ・グリ、ピノ・ブランは明確に区別され、それぞれが独自の価値や特性を持っています。
一方、科学的分類の枠組みでは、遺伝的な近縁性に基づき、便宜的に一括して扱われることがあるというのが現実です。
この2つが併存していると理解することが適切です。
『Italian Vitis Database』におけるPINOTの統合管理は、「社会的・商業的に区別する必要がないから」という理由ではなく、
という科学的・分類学的判断によるものです。
市場や消費者にとっては、PINOT NERO, PINOT GRIGIO, PINOT BIANCO は依然として明確に別品種として扱われており、『Registro Nazionale delle Varietà di Vite』では別個に登録されています。
ご質問は、
という内容だと理解しました。
現時点の系統解析では、ピノ・ノワールは起源不明の古い実生由来品種と考えられており、どの既知品種のクローン変異体なのかを示す親子関係は見つかっていません。
つまり:
理論的には可能性は否定できません。
たとえば:
というシナリオも、理論的にはあり得ます。
ただし、この仮説には重要な前提条件があります:
ところが、現在のゲノム研究では、ピノ・ノワールにそのような明確な「親」や「クローン元」に該当する品種は確認されていません。
ピノ・ノワールは、SSRマーカーやSNPなどの系統解析においても非常に古く、他品種との関係性が浅い、いわば「根源的」な系統の一つとされます。
はい、現在でも「Pinot fin」や「Pinot Liébault」の系統に由来するクローンは栽培・管理されています。ただし、これらの呼称は近年ではあまり公的に使用されなくなっており、代わりに数値コード化されたクローン番号(例:115、667など)が主に使われています。
以下に、背景と現状を整理してご説明いたします。
これらは「マサル・セレクション(massale selection)時代の伝統系統名」であり、現在のように遺伝子分析やウイルス除去などを経た番号付きクローンが普及する以前の分類です。
現在フランスなどで使用される公式クローン(ENTAV-INRA登録)のなかには、伝統的に Pinot fin や Pinot Liébault の系統との関連が指摘されるものもあります。
| クローン番号 | 特徴 | 備考 |
|---|---|---|
| 114 | 小粒・早熟・良好な色とストラクチャー | 一部の資料で“Pinot fin タイプ”と紹介される |
| 115 | 果実味と酸のバランスに優れる | 世界的に人気の高いクローン |
| 777 | 濃色・豊富なタンニン・凝縮感 | 高品質志向のクローンとして扱われることが多い |
これらの一部については、かつて「Pinot fin」として知られていた系統との関連を指摘する資料もありますが、その関係は必ずしも明示的ではありません。
| クローン番号 | 特徴 | 備考 |
|---|---|---|
| 386 | やや大粒で早熟、香りが豊か | 従来 Pinot Liébault 系との関連が示唆されることがある |
| 521 | 高収量でバランスが取れている | 一部の資料で Pinot Liébault 系との関連が議論されることがある |
ただし、現代の登録制度では「Pinot fin」「Pinot Liébault」といった名称は用いられず、番号のみで公式管理されています。
今日でも、一部のブルゴーニュのドメーヌや伝統的な生産者では、
というように、登録クローンとは別にマサル・セレクション由来の系統を保持・栽培している例があります。
ただし、これらは公式には「クローン番号」が付与されていないため、登記・販売・苗木供給の上では利用が制限されることもあります。