ワインエキスパートに教わるワイン入門

シャプタリザシオンとは?EU栽培ゾーン・補糖上限

ワイン醸造における補糖は、いつごろから始まったのですか。

補糖(シャプタリザシオン、chaptalisation)は、発酵前の果汁(モスト)に砂糖を加えてアルコール度数を高める技術を指しています。その起源は古代にまでさかのぼる可能性がありますが、体系的に理解され、広く普及したのは18〜19世紀以降です。

  1. 古代から中世まで
    • 古代ローマでは、濃縮したぶどう果汁(defrutum, sapa)や蜂蜜を加えて甘味や保存性を調整する慣習がありました。ただし、これはアルコール度数を上げる目的というよりは風味調整・保存のためでした。
    • 中世ヨーロッパでも、寒冷地でぶどうの糖度不足を補うために蜂蜜や糖質を加えることがありましたが、文献的には断片的です。
  2. 近世〜近代の補糖
    • 18世紀末から19世紀初頭にかけて、北フランスやドイツの寒冷な地域で、未熟なぶどうからワインを造る際に砂糖を加える実践が広まりました。
    • フランスの化学者ジャン=アントワーヌ・シャプタル(Jean-Antoine Chaptal, 1756–1832)は、1801年刊の著書『L’art de faire, de gouverner et de perfectionner les vins』(ワインの造り方・管理・改良の技法)で、砂糖添加による発酵改善を理論的に解説し、この技法が「シャプタリザシオン」と呼ばれるきっかけになりました。
  3. 制度としての位置づけ(補糖の公的承認と規制)
    • フランス
      • 1807年:シャプタルが理論を提示したが、この時点では「科学的助言」にとどまり、法制度としての承認はなかった。
      • 1810年代〜1850年代:ナポレオン戦争後、補糖は実務的に広まるものの、行政的には黙認状態にあった。
      • 1889年フランス法(いわゆる「グリフ法」):ワインを「ぶどうの発酵産物」として法的に定義し、その製造に用いることができる物質として砂糖(補糖用)などを列挙しました。補糖は主にアルコール発酵を補う正当な操作として位置づけられる一方、人工ワインや甘味付け目的の加糖などは別カテゴリーとされ、その後の1905年・1929年の法律でさらに規制が強化されていきます。
      • 20世紀以降:補糖の可否と範囲はワイン法の中で明確に規制され、EU加盟後は EU規則(Regulation (EU) No 1308/2013 など)に基づき、気候帯ごとに最大補糖量が定められている。
    • ドイツ・オーストリア
      • 19世紀後半:寒冷地における実践として普及。
      • 1909年ドイツワイン法:初めて補糖が明文化され、許可された。ただし、産地やワイン区分によって制限があり、特にプレディカーツヴァイン(当時の「Naturwein」)では補糖は禁止された。
      • この枠組みは現在のドイツワイン法にも継承されており、Prädikatswein では補糖不可、Qualitätswein までは限定的に補糖可という制度が続いている。
    • EUレベル
      • 1970年代以降:欧州経済共同体(EEC)の枠組みの中で補糖の可否と上限が統一的に規定され、現在は ブドウ栽培ゾーン(A, B, C) に応じた最大補糖量が法律で定められている。

ワインの補糖に使用する砂糖は、何を原料にしていますか。

補糖(アルコール度数の引き上げ=enrichment)に使う砂糖は、精製ショ糖(サッカロース)で、原料は主にサトウキビまたはテンサイ(ビート)です。EU法は補糖材としてショ糖・濃縮ぶどう果汁(CGM)・精製濃縮ぶどう果汁(RCGM)の使用を認めています。

EU法の根拠(現在有効な制度)

「砂糖は何から?」の技術基準

実務上の補足

ショ糖であれば、原料の由来(サトウキビ/テンサイ)を問わないということですか。

はい。(通常=有機認証でないEUワイン法の枠内では)補糖に用いる「ショ糖」は原料由来を問わず認められます。法令は「ショ糖(sucrose)」とだけ規定し、サトウキビ由来かテンサイ(ビート)由来かを区別していません。

根拠

例外(重要)

ワイン法の文脈では Enrichment(アルコール度の補強)のカテゴリーに、ショ糖添加による補糖(Chaptalisation)も含まれます。これに対し Chaptalisation という語は、教育や解説の文脈で用いられることが多いように見受けられます。
Enrichment という用語が広く用いられるようになったのは、いつ頃からでしょうか。

結論だけ先に:EU(当時EEC)の法令では、少なくとも1970年の段階から “enrichment(エンリッチメント=アルコール度の補強)” という包括用語が用いられており、その後1999年の包括改正で章立ての見出しとして全面的に整理・定着、2013年以降の現行制度でも継承されています。

主要な節目(一次資料)

位置づけの整理(用語と含意)

まとめ

“Enrichment” が法制度で広く使われ始めた時期は、少なくとも1970年のEEC規則816/70に遡れます(用語が前文で明示)。その後、1979年の337/79で具体的手段と上限が詳細化され、1999年の1493/1999で章タイトルとしての “Enrichment” が制度文書の中核に据えられ、2013年の1308/2013で現行枠組みに引き継がれました。

補足

教育分野(WSET等)では伝統用語の “chaptalisation” が説明上わかりやすいため現在も広く用いられますが、法令上の包括カテゴリ名は “enrichment” です。
OIVの技術文書でも “chaptalisation(外因性糖の添加)” という語は分析・検知の文脈で存続しています。oiv.int

フランスではショ糖添加による Enrichment が一般的ですが、イタリアでは濃縮ぶどう果汁を用い、ショ糖添加が禁止されているのは何故ですか。

結論

法的根拠(一次資料)

なぜその違いがあるのか(要因の整理)

  1. 気候・栽培地帯の違い(技術的要因)
    • 北・中欧(地帯A・B)やフランスの多くの冷涼地域では、未熟ぶどう年に糖度不足が起きやすく、歴史的にショ糖添加が実用的でした。EU法もこの地域でのdry sugaringを制度的に許容。
    • 地中海性気候のイタリア(地帯C)は平均的に糖度が高く、酸補正や水分管理の課題が中心。外来糖ではなくぶどう由来糖(MCR/CGM)で補う方が、伝統や政策目的に合致しました。
  2. 不正防止・消費者保護(法政策要因)
    • イタリアは20世紀前半から砂糖添加=品質偽装・低コスト大量生産誘因と結びつくリスクを強く問題視し、1965年以降の国内法で明確に禁止。憲法裁判所もこの取扱いを是認(1982年ほか)。
  3. 産業・経済インセンティブ(政策経済要因)
    • 欧州委の影響評価(2006)では、ショ糖による補糖はMCRによる補糖の約1/3のコストと試算。南欧(MCR生産国)にとってはMCR使用を促す方が国内農業(ぶどう)価値連鎖を維持できるとの発想が働きやすい。結果として南欧はショ糖禁止・MCR許容、北欧はショ糖許容という政治経済的妥協が定着しました。
  4. フランスの「例外地域」
    • フランスでも地中海沿岸(南部)+南西部+コルシカなど列挙県ではEU条文どおりdry sugaringが不可。つまり「フランス=全国一律にショ糖可」ではなく、地域ごとの線引きがある点に注意。

まとめ

ボルドー(ジロンド県)は「フランス南西部」に属しますが、EU 規則上の「例外地域」に当たるのでしょうか。

結論

はい。ボルドーは “例外地域” に含まれます。

EU 規則 1308/2013 附属書 VIII・Part I・Section B(3) は、乾式ショ糖添加(= chaptalisation)を認めない地域として、フランスでは「控訴院の管轄」により列挙しており、その中に Bordeaux(ボルドー控訴院)が明記されています。したがってボルドーのぶどう園では、原則としてショ糖添加は不可です。もっとも、国内当局が“例外的に”許可でき、その場合フランスは直ちに欧州委員会と他加盟国へ通報するとうたわれています。

法的根拠(条文の該当箇所)

実務(ボルドーでの増強のやり方)

「栽培ゾーン」について詳しく教えてください。EUで導入された経緯と、栽培ゾーンがワイン製造にどのように関わっているのかも

栽培ゾーン(wine-growing zones)とは

EU は気候差を前提に、ブドウ栽培地域を A / B / C(Cは C I・C II・C III(a)・C III(b) に細分) に区分します。各ゾーンは行政単位(州・県=department など)で明確に列挙され、たとえばフランスでは ブルゴーニュ(Côte-d’Or, Saône-et-Loire, Yonne など)やボルドー(Gironde)は C I、ラングドックの多くは C II、コルシカやヴァール県の地中海沿岸部等は C III(b) と規定されています。これは現行の共通市場規則(Reg. 1308/2013)付属書に掲載されています。eur-lex

導入の経緯(法制の変遷)

ゾーンが「ワイン製造」に与える具体的な影響

  1. 補糖(enrichment)の方法・上限
    • 許される増加幅(自然アルコール度の引上げ)
      ゾーンにより 上限が異なる:A=最大 +3.0%vol、B=最大 +2.0%vol、C=最大 +1.5%vol(いずれも「超えない=≤」)。
    • ショ糖(蔗糖)による「乾式補糖(dry sugaring)」の地理制限
      原則として A・B・C で可 だが、ギリシャ、スペイン、イタリア、キプロス、ポルトガルおよびフランスの一部(Aix-en-Provence/Nîmes/Montpellier/Toulouse/Agen/Pau/Bordeaux/Bastia の各控訴院管轄地域)は不可。ただしフランスのこれら地域は国内当局が「例外許可」でき、許可時は EU に通報義務。
    • 補糖後の「総アルコール度数」の上限
      補糖その他の増強後でも、A ≤ 11.5%vol、B ≤ 12.0%vol、C I ≤ 12.5%vol、C II ≤ 13.0%vol、C III ≤ 13.5%vol を超えてはならない。
  2. 酸調整(acidification / de-acidification)
    • 酸度低下(脱酸)は A・B・C I で可。
    • 酸度上昇(補酸)は C I・C II・C III(a) で可、C III(b) でも可(条文により段階的規定)。数値上限(g/L〔酒石酸換算〕)も規定されています。
  3. 実施の時期と場所
    • 時期:補糖や酸調整などの操作は、収穫年ごとに「いつまでに行えるか」が栽培ゾーン別に Annex VIII Part I で細かく定められており、その期間を過ぎて行うことはできません(具体的な日付は改正で変動しうるため、実務では最新のEU規則で確認する必要があります)。
    • 場所:濃縮・補酸/脱酸など多くの操作は、ブドウが収穫された同じ栽培ゾーン内で行う義務があります。
  4. 「ワイン」カテゴリーの最低実測アルコール度数
    • A・B では ≥ 8.5%vol、その他のゾーンでは ≥ 9.0%vol が必要(PDO/PGI 等の規格適用は別途)。
  5. 20%vol 上限の特例地域
    • 一部の高糖度伝統産地では、無補強(非エンリッチメント)で造られたワインに限り、総アルコール度数の上限を 20%vol まで認める仕組みが 2019/934 に規定されています。

ゾーン割当の具体例(抜粋)

「栽培ゾーンの地図」はありますか。

公式(欧州委・DG AGRI)で公開されている最新の栽培ゾーン地図は、2019年版のPDFが最終です。 以降、DG AGRIの「Wine market observatory」でも同じ 2019/09 掲載の“Map – wine growing regions” が案内されており、より新しい公式地図は公開されていません。

Areas under vine | Wine - European Commission » Map wine growing regions

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