ワインエキスパートに教わるワイン入門

干しぶどうワインの歴史とEU製品カテゴリー

収穫後に、ぶどうを日なた、または日陰で乾かして部分脱水させて造るワインは、いつ頃から存在していますか。

最古級の確実な記述は古代ギリシアのヘシオドス(前7世紀ごろ)です。『仕事と日』で、収穫したぶどうを「十日十夜、日に当て」「さらに五日陰干し」してから瓶に「ディオニュソスの贈り物(=ワイン)」を移す、と具体的に述べています。これは収穫後の天日・陰乾しによる甘口ワイン造りを明確に示す記録です。

その後、地中海世界では同様の技法が連続して記録されます。

地域名・呼称は多様ですが、いずれも「収穫後の部分脱水」により糖分・酸・香味を濃縮して甘口ワインを得る、という点で共通しています。古代の具体例としては、ヘシオドス→カトー→プリニウス→コルメラへと、時代順に干しぶどう/部分脱水ワインへの言及が一次資料として残っています。

フランスやイタリアでは、収穫後のぶどうを日陰(屋内)で日数をかけて乾燥させる手法が一般的ですが、これは歴史的に見て比較的新しい手法なのでしょうか。

回答(結論先出し)

根拠の整理

まとめ(質問への直接回答)

日向乾燥と日陰(屋内)乾燥では、収穫後のぶどうへの影響と、ワインの味わいはどのように変わりますか。

要点(先に結論)

仕組みと典型的な官能差

乾燥環境と化学変化
  • 日向(アソレオ)
    直射日光と表面温度上昇により、カロテノイド分解から生成するノリスイソプレノイド(β-ダマセノンなど)が増え、“レーズン様・蜂蜜様”のキーアロマが形成されやすくなります。
    また、温度が高い条件では、糖の脱水由来指標である5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)が上昇することがレーズン研究で報告されており、日干し環境の指標とされています。
  • 日陰(アパッシメント)
    直射光を避け、温度変動を抑えながら通風することで、酸化・褐変の進行が緩やかになり、色調が健全に保たれます。
    ヴァルポリチェッラのアパッシメント比較研究でも、乾燥条件の違いが二次代謝物や香気前駆体の推移に影響し、ワインの官能差につながることが示されています。
具体例
  • 日向(アソレオ:PXなど)
    天日干しによって揮発成分プロファイルが大きく変化し、乾いた果実・糖蜜・トフィー系の香りが顕著になります。PXの日干しと室内乾燥の比較研究でも一貫して確認されています。
  • 日陰(アパッシメント:アマローネなど)
    屋内通風での長期乾燥により、糖・ポリフェノール・香気前駆体が濃縮し、スパイスやドライチェリー、カカオといった複合的な香りが出やすくなります。

リスク管理

まとめ(味わいの方向性)

参考(用語)

乾燥ぶどうで造る甘口ワインには、酸化的に熟成させる例が多いと感じます。これはなぜですか。あわせて、PDOでは「長めの樽熟=酸化的」が一般的と言えるのかも教えてください。

結論(要点)

理由の整理(根拠つき)

香りの複雑化(酸化由来香の付与)
酸化的熟成でアセトアルデヒドやアセタール、ソトロンなどが増え、ナッツ/キャラメル/スパイス系の多層的な香りが付与されます。甘味の強いワインに酸化香が重なることで立体感が出やすくなります。ソトロンは酸化熟成下で上昇しやすいことが甘口酒(ヴィン・ド・リクール等)で示されています。
味のバランス調整(甘味の引き締め)
適量のアセトアルデヒドは香味の知覚に影響し、後味のキレやドライ感の演出に関わります。酸化過程で生じる成分が香ばしさやほのかな苦味を添え、高残糖の“重さ”を相対的に抑える方向に働くことが示されています。
色・構造の安定化(長期熟成適性)
アセトアルデヒドはアントシアニン—タンニン間の架橋(エチリデン結合)を介し安定色素を形成、渋味の質や色安定に寄与します。結果として長期熟成に耐える構造が得られます。
伝統的製法上の必然(産地の様式)
たとえばヴィン・サントは小樽(カラテッリ)で長期寝かせる様式が規定化され、酸化的条件になりやすい設計です。

PDOの傾向(「長期樽熟=酸化的」は一般的か)

結論:PDO全体として一律ではありません。ただし、規定上酸化的になりやすいPDOと、必須ではないPDOがあります。

酸化的傾向になりやすいPDO(規定で長期樽熟)

酸化的熟成が「必須」ではないPDO(スタイルは多様)

ひとことで

乾燥ぶどう由来の強い甘味・高エキスをそのまま濃厚一辺倒にせず、複雑さ・骨格・安定性で整えるため、酸化的熟成が選ばれてきました。一方で、PDO全体を「長期樽熟=酸化的」と一般化はできず、各PDOの規定と生産者の設計(酸化的に寄せるか、還元的に果実香を残すか)がスタイルを分けます。

参考(キーワード)

イタリア語の Appassimento と Passito は、どのように使い分けられますか。

結論(先に要点)

使い分け(整理表)

区分 Appassimento Passito(Vino Passito)
意味 ぶどうの乾燥工程(萎凋) 乾燥ぶどう由来のワインの表示・タイプ
法的位置づけ 工程用語。各PDOの規程に「appassimento delle uve(ぶどうの乾燥)」等として記載 表示用語(menzione tradizionale)。国法で定義(DOP/IGPの静置ワインに付与)
ラベルでの扱い 商品名や説明文に用いられることはあるが、工程の記述 正式に表示可能な用語(例:Moscato Passito)
代表的根拠 Amarone/各DOCG規程の「appassimentoを行う」条項 Legge 238/2016 & 82/2006 の「vino passito の定義」条項

EU では、収穫後に日なた/日陰で部分脱水したぶどうから造るワインを製品カテゴリー “Wine from raisined grapes” に分類します。一方、イタリアの Vin Santo del Chianti は eAmbrosia 上で “Wine” に分類されています。これは、同ワインが 天然アルコール度数(natural alcoholic strength) などの要件を満たさないためでしょうか。

結論

「要件を満たさないから」と一概には言えません。

理由(要点整理)

EU の定義(Annex VII, Part II)
“Wine from raisined grapes” は、
  • 乾燥(天日または日陰)ぶどう由来で、強化(enrichment)なし、
  • 総アルコール度数 ≥16% vol, 実測アルコール度数 ≥9% vol,
  • 天然アルコール度数 ≥16% vol(または糖 272 g/L 相当)
— を満たす製品カテゴリーです。
Vin Santo del Chianti の規格
  • 乾燥ぶどう由来の天然アルコール度数(titolo alcolometrico volumico naturale)≥26% vol
  • ワインの総アルコール度数の下限:15.5% vol(基礎タイプ)
— と定めるため、EU カテゴリー(≥16%, ≥272 g/L)に満たない版があり得る=PDO 全体を “Wine” として登録するのが合理的です。
Vin Santo del Chianti Classico の規格と登録
  • ぶどうの天然アルコール度数(titolo alcolometrico volumico naturale)≥27% vol、総アルコール度数の下限 16% vol など、EU カテゴリーに近い(実質的に整合的な)数値を課しています。
  • それでも eAmbrosia の「単一文書(Documento unico)」上のカテゴリーは “Wine(Vino)” と明記されています。カテゴリー表記は PDO 登録実務上の区分であり、ラベル表示義務ではありません。

ひとことで

十分な糖分を持つ干しぶどう(収穫後乾燥ぶどう)から造られるワインでも、酒精強化(fortification)が行われることがあるのは何故ですか?

干しぶどう由来の高糖度があれば自然発酵だけで甘口は成立しますが、あえて酒精強化を選ぶ現実的な理由がいくつかあります。

醸造管理・安定性

スタイル設計

歴史・市場・物流

“必要だから”ではなく、品質安定・再現性・狙いの味わい・歴史的様式を実現するために、干しぶどうワインでも酒精強化を選ぶ場合があると理解するのが適切です。

フランスの「Vin de Paille」では、原料に黒ぶどうを用いることもありますが、最終的なワインは必ず「白ワイン」として造らなければならないのでしょうか。

AOP(原産地呼称)ごとに扱いが異なりますが、フランスの Vin de Paille は規格上・実務上いずれも白甘口スタイルとして造られるのが基本です。

AOP別整理

根拠(要点)

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