ワインエキスパートに教わるワイン入門

欧州のフィロキセラ被害と対策

フランスにおけるフィロキセラの分布状況を教えてください。

歴史的侵入と拡散

19世紀後半にフィロキセラがフランスへ侵入し、数十年以内に主要産地へ拡大しました。最初の確認事例は1860年代のラングドック地方(ガール県周辺)のブドウ園で、1863年に被害が観察された記録があります。

その後、1870〜1880年代に南部から中部・北部へ拡大し、1890年代以降にはシャンパーニュ、ロレーヌなど北東部にも波及しました。

この過程で耐性台木(北米系起源)への接ぎ木による再建が進められ、従来の自根株は大きく衰退しました。

現在の分布(存在状態・管理状況)

公的機関・監視制度上の扱い

補足・最新研究

フィロキセラ耐性台木を使用することで、フランスをはじめとする欧州のぶどう畑は守られました。しかし、その結果として、欧州全体がフィロキセラの生息地になったとも言えるのではないでしょうか。

結論から言えば、「台木導入がヨーロッパをフィロキセラの生息地として固定した」と言えます。

耐性台木を導入したことで、フランスをはじめとするヨーロッパのブドウ園は壊滅を免れ、Vitis vinifera の栽培を継続することが可能になりました。しかしその結果、フィロキセラにとっての寄主植物(ブドウの根)はヨーロッパ全域に再び広く存在することとなり、フィロキセラは根絶されることなく、土壌中で安定した個体群を維持する“常在害虫”として定着しました。

個体群動態で見れば次のように整理できます:

  1. 侵入初期:指数的増加
    19世紀半ばにフィロキセラがフランスへ侵入した時点では、自根のヴィニフェラが広大に存在していたため、フィロキセラ個体群は急速に増加しました。根部寄生型(ラジチコール型)のライフサイクルにより、株の活力が落ちても加害を続け、周囲へ拡散しました。
  2. ピークと急減:寄主枯死による資源枯渇
    数年〜十数年単位で被害が拡大すると寄主株が枯死し、局所的には寄主密度が激減しました。その結果、フィロキセラ自身の個体群密度も急減しました。これは典型的な資源依存型ダイナミクスです。
  3. 台木導入後:持続的・安定した個体群
    耐性台木への接ぎ木再建が進むと、寄主植物が安定して再び存在するようになりました。耐性台木はフィロキセラを駆除するのではなく、被害を許容できるレベルに抑えるため、フィロキセラは低〜中密度で土壌中に生き残り、安定した個体群を維持するようになりました。これにより、ヨーロッパのブドウ畑は「フィロキセラが常在するが被害は顕在化しない」という均衡状態に達しました。

言い換えれば、台木導入はヨーロッパのワイン産業を救うと同時に、フィロキセラとの共存状態を永続化させたものです。現在のヨーロッパのブドウ栽培は、フィロキセラが常在していることを前提に成立しているのです。

フィロキセラ対策は耐性台木の使用以外に方法はないのでしょうか。殺虫剤はフィロキセラに効果がないのでしょうか。

確実な意味で「耐性台木以外でフィロキセラを完全抑制する方法」は現時点では確立されていません。ただし、歴史的に試みられた化学的手法や、現在研究されている生物的防除の案は存在します。以下に整理します。

歴史的な化学薬剤・土壌処理の試み

手法 概要・実施例 効果・制約
土壌くん蒸・殺虫性ガス処理 過去に、一部の畑で土壌をくん蒸して線虫や害虫を殺すような処理が試された例があります。 コストが高く安全性・環境負荷の問題が大きく、広域適用が難しかったと思われます。
葉害型への殺虫剤散布 葉のガロ(虫こぶ)を形成する系統に対して、葉面に殺虫剤を散布する処方が使われたことがあります。 ただし、主被害源である根部型には効果が限定的であり、被害進行後には回復が難しい。
系統化学薬剤(成分系統) 根部・土壌適用型の殺虫剤が研究された例もありますが、十分な根域浸透性をもたせるのが難しく、効率的な制御には至っていません。 多くの資料が「殺虫剤は確実な抑制力を持たない」と記述しています。PubMed

農学文献でも、「確立した殺虫剤による完全制御法はない」と明記されていることが多いです。

たとえば、米国オレゴン州立大学(OSU)の資料には、「既存のブドウ畑におけるフィロキセラを効果的に制御できる殺虫剤はない」と記されています。oregonstate.edu
また、UC ANR(カリフォルニア大学統合害虫管理プログラム)の資料でも、「殺虫剤処理ではフィロキセラ個体群を根絶することはできず、フィロキセラが好む重粘土土壌には薬剤が十分浸透しにくい」と記されています。ucanr.edu

現代の研究段階での生物的防除・制御案

近年では、化学薬剤に頼らない手法として、生物的防除(ナチュラルエネミー、微生物利用など)の可能性が探られています。以下が主な例とその現状です。

手法 概要・研究例 利点・課題
天敵昆虫・捕食者の利用 昆虫やクモ類、シールドバグ、テントウムシ、アシダカグモなどの捕食者が、発生する移動ステージ(幼虫、成虫など)を捕食する可能性を模索する研究があります。wineaustralia.com 森林や植生帯縁などの環境を整えて天敵を誘引する保存型防除(Conservation Biological Control)が考えられますが、捕食力・タイミング・生態系内食物網との競合など課題が大きいです。
昆虫病原菌・糸状菌(菌類) Beauveria spp.、Metarhizium spp. などの菌類を用いて、地中のフィロキセラ個体を感染死させる試みがあります。 ただし、地中環境での菌の生存性・伝播性・適切濃度維持が課題。菌が個体数を大幅に抑えるか、持続的に機能するかという点は未確立です。
線虫(Entomopathogenic nematodes) 根部害虫制御に使われる線虫を応用する研究がいくつかあります。例:Heterorhabditis bacteriophora による実験的抑制試験。coloradowine.com 限られた試験で有効性が示された例はありますが、灌水管理や線虫密度の適正化、コスト、温度・湿度条件への依存など課題が多く、実地応用はまだ限定的です。
土壌生態系管理・有機管理 土壌微生物多様性・構造を改善することにより、フィロキセラ被害耐性を高める可能性を探る研究もあります。例えば、有機農法圃場の土壌を使った温室実験で、根の腐敗率に差が出たという報告があります。hub.ofrf.org 防除というより被害抑制方向のアプローチですが、土壌環境改善や微生物共生促進は補助的戦略として期待されます。
生物的防除の統合的アプローチ 上記の手法を複数組み合わせて使う多層的防除戦略が議論されています。例えば、地上移動ステージに対する天敵導入+地中ステージへの菌類・線虫処理という戦略案。 ただし各手法の相互干渉、タイミング管理、コスト、モニタリングの難しさなどが実用化への壁となっています。

さらに、最近の報道では、オーストラリアで天敵昆虫(テントウムシなど)が地上発生フィロキセラを捕食する可能性を探索している例も報じられています。vinehealth.com.au

また、ヴィクトリア州(オーストラリア)では、植物材料の移動時の防疫処理(たとえば乾熱処理)や、LAMP 法による迅速検出技術の開発など、拡散予防・早期検出を重視する施策も進んでいます。agriculture.vic.gov.au

総合的評価と結論

ヴィニフェラに接ぎ木された欧州のぶどう畑におけるフィロキセラの繁殖は原産地である北アメリカと比べて異なるのでしょうか。

結論(先に要点)

具体データで見る比較

個体群密度(実測の目安)
  • ヨーロッパ(接ぎ木畑・根部密度)
    冷涼地の商業畑で、根表面 1 cm²あたり平均 1.69 個体(夏季ピーク)まで上がる年がある一方、越冬期は 0.02 個体/cm² 程度まで低下する観察があります。季節変動を伴いながら「低〜中密度」で推移する例です。wiley.com
  • 北アメリカ(原産域・葉部中心の多発傾向)
    米国中東部〜北東部の広域調査では、葉害型の発生率が地域差をもって高く、調査樹の発生割合が北中部66%、北東部64%、中央34%、湾岸14%と報告されています(種・地域横断の広域サーベイ)。academic.oup.com
補足:北米では葉1枚あたりのガロ数が多数に達することがあり、1葉20ガロで光合成低下・果実発育への影響が確認され、品種によっては1葉40–50ガロに至る事例も報告されています。Grape Phylloxera
葉害型/根害型の“出方”の違い
  • 北アメリカ(原産域)
    在来 Vitis 種(例:V. labrusca, V. aestivalis など)では葉害型が優位になりやすく、根害型は二次的です(在来種の耐性により致死的被害は稀)。
  • ヨーロッパ(接ぎ木畑)
    接ぎ木台木により根部の致死的被害は大幅に抑制され、根部に低密度で常在するのが一般的です。近年、商業畑でも葉害型の出現がヨーロッパ各地で報告されていますが、発生は空間的に斑状で、遺伝集団構造の解析が進んでいます。springer.com

まとめ

注:根部“個体/cm²”のような絶対密度の同一手法・同一基準での欧州–北米直比較は公表例が限られます。上記はヨーロッパ=根部密度の時系列実測、北米=広域葉害発生頻度・ガロ数の実測という、それぞれ信頼できる測定軸を用いた並列比較です。

耐性台木によって枯死は防げるとしても、フィロキセラが根部に常在しているなら、何らかの被害は出ているのでしょうか。個体群密度が高くなれば、ぶどうの生育にも影響がありそうに思いますが

被害は「ゼロ」ではない

耐性台木はフィロキセラに対して抵抗性(resistance)ではなく耐性(tolerance)を与える場合が多く、根にフィロキセラが寄生しても株が致死的被害を受けにくいだけです。

そのため、以下のような影響は残る可能性があります。

個体群密度と被害の関係

研究では、根表面1 cm²あたり1–2匹以上の高密度になると根組織のコルク化・腐敗が進み、樹勢低下が観察されることがあります【参考:ヨーロッパ圃場での季節モニタリング】。

一方、低密度で安定している場合はほとんど顕在的な生育阻害を示さないとされます。

実際の商業畑での状況

フィロキセラの個体群密度が異常に上昇した場合、ぶどうの樹は植え替えられるのでしょうか。その際、土壌消毒などは行われるのでしょうか。

異常高密度時の対応

土壌消毒について

例外的処理

欧州でフィロキセラの被害がなく、自根のヴィニフェラが栽培されているワイン産地は、どれくらいあるのでしょうか。

結論(要点)

具体的な地域例

注意点

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