現在、世界でワイン用として栽培されているブドウ品種は、DNA で区別される品種単位で数えると、
と考えるのが妥当だと思われます。
ここでは次のように定義します。
VIVC(Vitis International Variety Catalogue)は、まさにこの考え方に近い形で整理されています。
したがって、「VIVC の prime name を数える」というのは、「クローンやシノニムをまとめて、DNA 的に異なる品種を数える」ことに、かなり近い操作だと考えてよいと思います。
ワイン用に限定せず、「世界にどれほどのブドウ品種(遺伝的に異なる品種)が存在するか」については、次のような指標があります。
以上を踏まえると、ブドウ全体の「存在する遺伝的に異なる品種数」は、おおよそ6,000〜1万品種の範囲にあると考えるのが、現在の文献に基づく現実的な理解です。
ここから「ワイン用」に絞ります。
したがって、世界のワイン用ブドウ品種は、DNA で別品種とされる単位で少なくとも1,705品種以上というのが、統計的に確認できる「下限」となります。
V. labrusca や種間交雑品種(ハイブリッド)については、世界的な面積シェアは小さいものの、品種数としては無視できません。
Vouillamoz らのコメントを引用する複数の資料では、ハイブリッドの栽培面積は世界のブドウ畑の5%未満、西ヨーロッパに限れば1%未満と見積もられています。
ただし、北米・中欧・東欧・新興産地などでは、Concord や Niagara といったラブルスカ系、Baco noir や Seyval blanc などの古い交雑品種、さらに Floreal や Voltis など近年の病害抵抗性PIWI品種が、ワイン用として実際に栽培されています。
これらの多くは Anderson & Nelgen の1,705品種にすでに含まれていると考えられるため、この範囲の外にまだ何百品種も未計上のハイブリッドがある、という状況ではなさそうです。
とはいえ、統計に現れない極小規模のローカル品種や、新規登録された PIWI の一部などを考慮すると、1,705品種+α(数十〜多くて数百程度)という「上乗せ」があり得る、というくらいのイメージが妥当だと思われます。
以上の情報を踏まえると、次のように整理できます。
この1,705品種は、世界のワインぶどう畑の99%をカバーする国・地域で報告された品種だけを数えたものであり、非常に小規模な国・極小産地・ごく最近の新しい品種などは、多少取りこぼしている可能性があります。
それでも、
というバランスになります。
結論から言うと、「PDO 仕様書に現れる約1,100品種」を、EU におけるワイン用ブドウ品種数の「かなり堅い下限」とみなすのは妥当だと思います。
ただし、PGI や地理的表示なしワインでは、各加盟国が「ワイン用」として分類したより広い品種群が使えるため、制度上ワイン生産に使用可能な品種数は1,100を明らかに上回ります。
EU 規則 1308/2013 第81条は、ワインは「Vitis vinifera またはその交雑であって、加盟国が“ワイン用ブドウ”として分類し得る品種」から造られなければならない、と定めています。
加盟国はこれに従い、自国でワイン生産に使えるブドウ品種のリスト(分類リスト)を定め、その情報を欧州委員会に通知します。欧州委員会はそれをまとめて List 8(authorised wine grape varieties)として公開しており、ここに載っている品種が「EU レベルでワイン用として認められた品種群」と考えてよい構造になっています。
フランスを例にすると、もともと AOC の段階で「この産地で使う品種」が決まり、それが国内の「ワイン生産に用いてよいブドウ品種リスト」に反映され、AOP 登録の際に EU 側で第81条の条件を満たしているか確認される、という形で国内制度と EU 制度が相互に整合するように動いています。
PDO の製品仕様書に書かれている品種は、
という意味で、実際に原産地呼称付きワインに結びついている品種群です。
したがって、「EU ではワイン用として少なくとも約1,100品種以上のブドウが栽培されている」という読み方は、「下限」としては十分に合理的だと言えます。
仕様書にだけ残って実際にはほとんど栽培されていない品種も若干はあるでしょうが、それ以上に、PDO には出てこないが EU 内でワイン用に栽培されている品種が多数あります。
PGI や地理的表示なしワインでは、PDO よりも品種の自由度が高くなります。
PGI の仕様書は、PDO ほど細かく品種を限定せず、「当該加盟国でワイン用として分類されたブドウ品種」を広く認める書き方をすることが多く、PDO には出てこないローカル品種や耐病性品種が PGI 側だけで使われている例もあります。
地理的表示なしワイン(たとえば Vin de France)の説明では、フランスで「ワイン生産のために植栽できるブドウ品種リスト」に掲載されている品種は、原則として Vin de France にも使用できるとされています。
この構造は他の加盟国でも概ね共通しており、
に含まれる品種の方が、PDO 仕様書に現れる約1,100品種よりも明らかに多い、ということになります。
VIVC は世界のブドウ品種を非常に幅広くカバーしていますが、それでも「完全なカタログ」ではなく、登録されていない品種が少なからずあります。新しく育成された交雑品種や、その国だけで細々と栽培されているローカル品種などは、掲載が追いついていないこともありますし、国や地域の品種リストに載っていても、まだ VIVC に反映されていないケースもあります。
日本のような規模の国でも、「甲州」「マスカット・ベーリーA」のように国際的に知られた品種に加えて、「富士の夢」「北の夢」のような国内向けのワイン用品種が次第に増えていますし、これは韓国・中国・東欧・北欧・北米の一部地域などでも同様の動きが見られます。こうした国ごとの「その国でしかほとんど栽培されていないワイン用ブドウ」を世界中から拾い集めていくと、VIVC にまだ載っていないものや、統計にほとんど出てこないものがそれなりの数になると考えてよいと思います。
一方で、Anderson & Nelgen のデータベースのように、世界のワインブドウ栽培面積のほとんど(およそ 99%)をカバーしても1,700品種台に収まっていることを考えると、そうした「マイナー産地・国独自の品種」をすべて足し込んだとしても、世界のワイン用品種全体のオーダーを根本的に変えてしまうほどの数にはなりにくい、という見方も成り立ちます。
まとめると、VIVC に未掲載の各国独自のワイン用品種を世界中から拾い上げていくと、無視できない程度には数が積み上がる。とはいえ「1,700に数十足すだけ」ではなく、1,700と3,000のあいだを部分的に埋めていく程度の上乗せになる、というイメージで捉えるのが妥当だと思います。言い換えると、「VIVC に載っていないような品種を集めていけば、それなりの数になるが、世界全体のワイン用品種のスケール感(数千レベル)を塗り替えるほどではない」というくらいの理解でよさそうです。
VIVC の「遺伝的に区別される 6,000〜1万」というレンジは、ブドウ全体の遺伝資源プールの規模感です。ここにはワイン用品種だけでなく、生食用・乾ブドウ用・一部の台木・交雑品種なども含まれ、さらに同一遺伝型なのにプライムネームがまだ統合されていないケースも一部含まれています。
VIVC の SSR 付きパスポートデータを見ると、SSR が登録されている品種 5,671 のうち、WINE GRAPE が 4,290 とかなり多くを占めているので、「このプールの中でワイン用途の比率が高い」こと自体は確かだと思います。ただし、これら 4,290 すべてが現在の商業畑で意味のある面積を持っているわけではありません。
一方で、「実際に栽培されているワイン用ブドウ品種数」が多くても 3,000 程度、というのは Anderson & Nelgen(1,700品種)を下限にしつつ、VIVC に未反映のローカル品種やマイナー産地の品種を上乗せしたときの仮説的なレンジです。ここでカバーしているのは「世界の商業的なワイン用ブドウ畑に現に植わっている品種」であって、ジーンバンクのコレクションとしてのみ維持されている品種や、育種試験段階の系統は基本的に含まれていません。
したがって、VIVC の6,000〜1万から「いま栽培されているワイン用品種 〜3,000」を引いた残りが、全部「現在は栽培されていない品種」ということにはなりません。この残りには、ざっくり言えば次のような層が重なっていると考えるのが妥当です(ここからは仮説段階です)。
まとめると、「遺伝的に区別される6,000〜1万品種」のうち、現在の商業的なワイン生産に実際に関与しているのは2,000〜3,000程度に絞られていると考えられますが、残りがすべて「栽培されていない(失われた)」のではなく、その多くはジーンバンクや小規模栽培、生食・乾ブドウ用途の側に散らばっている、というイメージになると思います。
ジーンバンクとコレクション圃場は、ブドウでは多くの場合「同じ畑」が兼ねていますが、目的の置き方が少し違います。
ジーンバンクは、本質的には「遺伝資源を長期的に守ること」が目的の仕組みです。ブドウは種子で品種をそのまま保存できないため、接ぎ木苗や樹として「生きた株(栄養体)」を維持する必要があります。このように、本来の産地や農家の畑ではなく、研究機関などの専用圃場に集めて保存するやり方を域外保存と言います(元の産地でそのまま栽培を続けて守るのは域内保存)。
国際的な標準では、こうした フィールドコレクション(圃場ジーンバンク) に、1アクセッションあたり3〜4株以上を植えて維持することが推奨されています。ここでいう アクセッション(accession) とは、「ある時点に、ある場所から集めてきた、ある品種・系統の保存単位」のことで、同じ品種名でも産地や由来が違えば別アクセッションとして扱われます。必要に応じて、若い芽(生長点)を取り出し、それを試験管内で無菌的に育てて保存したり、超低温で凍結保存する方法を用いたりして、畑の株とは別に予備の材料として保管することもあります。
このように「圃場ジーンバンク」として植えられた畑が、現場ではそのまま「コレクション圃場」と呼ばれることも多く、「コレクション圃場」「アンペログラフィック・コレクション」という場合は、ジーンバンクとしての保存に加えて、形態・遺伝解析の研究材料、育種の親、見学・教育用の展示といった役割を強調している言い方だと考えてよいと思います。実務的には、ジーンバンクの圃場コレクション=コレクション圃場とみなして差し支えないケースが多いです。
ジョージアは、この「ジーンバンク+コレクション圃場」型の代表的な国です。ジョージアには約525の固有ブドウ品種と60以上の育種品種があると報告されており、その多くが国内9か所のフィールドコレクションで域外保存の生体保存が行われ、合計アクセッション数は2,800強に達します。中心的な存在がトビリシ近郊ジガウラ(Jighaura)のコレクション(FAO コード GEO038)で、ここだけで約900〜1,300アクセッションの V. vinifera 系統が維持されています。
一方で、商業的に広く栽培されているワイン用品種はごく一部です。推奨ワイン用品種リストは34品種(うち27が古い在来品種)に絞られ、これら34品種でジョージアのブドウ畑の約 94% を占めるとされます。別の報告では、実際に商業的に使われているのは約40品種程度とされ、さらに Rkatsiteli と Saperavi の2品種だけで近年まで総生産量の9割超を占めていたとも分析されています。
つまりジョージアでは、「500を超える固有ブドウ品種+育種品種」が主にジーンバンク/コレクション圃場という形で域外保存の生体保存として確保され、そのうちのごく一部(30〜40品種程度)が商業的なワイン用ブドウとして広い面積で栽培されている、という構図になっています。
この意味で、「固有品種は多いが、実際にワイン用として栽培されている品種は少なく、多くが遺伝資源として生体保存されている」という理解は、おおむね現在の知見と合致していると言ってよいと思います。